第84話「悪女は、誤解を訂正しない」
朝、城の空気が少しだけ張りつめていた。
理由は、簡単だった。
「公爵令嬢が裏で糸を引いている、って噂」
ルシアが困った顔で言う。
「北門の件、
全部あなたの差し金だって」
「へえ」
セレスティアは驚くより、感心した。
「ずいぶん器用な話ね」
廊下を歩けば、視線が増えている。
好意とも、警戒ともつかない視線。
「否定しなくていいの?」
「しないわ」
即答だった。
「事実じゃないし」
「でも、誤解は広がるよ」
「ええ」
セレスティアは立ち止まり、窓の外を見る。
「でもね、
誤解が生まれるってことは」
「ことは?」
「それだけ、皆が自分で動き始めたってこと」
昼の会合。
いつもより人数が多い。
発言は慎重で、
どこか探るような言い回し。
「この判断、
公爵令嬢の意向では……?」
誰かが、遠回しに言う。
セレスティアは、首を横に振る。
「私の意向はありません」
それ以上、付け加えない。
沈黙が落ちる。
だが、今回は長引かなかった。
「なら、こちらで決めます」
別の声が上がる。
会は、そのまま進んだ。
終わったあと、ルシアが小声で言う。
「今の、誤解が解けたんじゃない?」
「いいえ」
セレスティアは微笑む。
「別の形に変わっただけ」
夕方、古参の貴族が声をかけてきた。
「噂は、放っておくおつもりか」
「ええ」
「不利になるかもしれませんよ」
「それでも」
少し考えてから、続ける。
「誤解が怖い人は、
最初から前に出ません」
貴族は、苦笑した。
「随分、割り切っている」
「悪女ですから」
冗談めかして言うと、
彼は静かに笑った。
夜、書斎で一人になる。
誤解は、残っている。
完全には、消えない。
それでも、
誰も立ち止まっていない。
悪女は、誤解を訂正しない。
訂正するより、
動き続ける方が早いこともある。
机の上の灯りを落とし、
セレスティアは立ち上がった。
明日も、きっと似た一日。
それでいい。




