第82話「悪女は、理由を聞かれなくなる」
朝の城は、いつもより少しだけ騒がしかった。
足音が多く、声が交差する。
それでも、セレスティアのもとへ急ぐ者はいない。
「今日は、誰も来ないね」
ルシアが窓辺で言う。
「そうね」
セレスティアは書類に目を通しながら答える。
「珍しいくらい」
昼前、廊下で数人の官僚が話しているのが耳に入った。
「この件、どう進めます?」
「前例は?」
「似た状況なら、あのときと同じ形でいいかも」
名前は出ない。
けれど、話し方はどこか落ち着いている。
セレスティアは足を止めず、そのまま通り過ぎた。
庭に出ると、ベンチに座った若い女性が資料を広げている。
以前なら、困った顔で声をかけてきた人物。
「順調?」
そう聞くと、女性は顔を上げて笑った。
「はい。
あ、いえ……順調というより」
少し考えてから続ける。
「自分たちで納得できてます」
「それなら、十分ね」
「聞いてもいいですか?」
「何を?」
「どうして、最近は何も言わないんですか」
理由を聞かれたのは、久しぶりだった。
セレスティアは、少し空を見上げる。
「言わなくても、進むから」
「それだけ?」
「それだけ」
女性は、目を丸くしてから、くすっと笑う。
「シンプルですね」
「ええ」
屋敷に戻ると、ルシアが首を傾げる。
「理由、ちゃんと説明しなかったね」
「説明が必要な段階は、もう過ぎたの」
セレスティアは静かに言う。
「今は、やり方じゃなくて、
それぞれの感覚で動いてる」
夕方、報告が一件だけ届く。
短く、端的。
対応は、すでに終わっていた。
悪女は、理由を聞かれなくなる。
それは、信頼された証でも、
放っておかれた証でもある。
どちらでもいい。
大事なのは、
誰かが立ち止まらずに歩いていること。
窓の外で、鐘が鳴る。
一日の区切り。
セレスティアは、軽く肩を回した。
今日も、悪役らしくない一日。
それでも、確かに物語は続いている。




