第81話「悪女は、遅れて届く感情に気づく」
その日は、特に予定のない朝だった。
セレスティアは書斎で窓を開け、
風を入れ替えてから机に向かう。
書類は少ない。
判断を求めるものも、ほとんどない。
「暇だね」
ルシアが率直に言う。
「ええ」
セレスティアは否定しない。
「悪役としては、だいぶ失格ね」
冗談めかして言ったつもりだったが、
ルシアは少しだけ言葉に詰まった。
「……それ、平気?」
「何が?」
「誰にも必要とされてない感じ」
セレスティアはペンを置いた。
少し考える。
答えは、すぐには出ない。
「前より、静かではあるわね」
「うん」
「でも」
ゆっくりと言葉を選ぶ。
「必要とされない、とは違う気がする」
昼前、庭を歩いていると、
使用人の一人が駆け寄ってきた。
「公爵令嬢」
息を整えながら言う。
「昨日の件ですが……
皆で話し合って、解決しました」
「そう」
「その……
前なら、頼っていたと思います」
セレスティアは、少し驚いた。
「それで?」
「今回は、自分たちでやってみようって」
照れたような笑顔。
「うまくいったので……
報告だけ、と思いまして」
去っていく背中を見送りながら、
胸の奥が、わずかに温かくなる。
「今、ちょっと嬉しそうだったね」
ルシアが言う。
「そう?」
「うん」
夕方、ひとりで紅茶を飲む。
ふと、気づく。
感謝も、賞賛も、
その場では届かない。
遅れて、静かに、
噛みしめるようにやってくる。
「遅配の感情、か」
悪女は、喝采を浴びない。
代わりに、
誰かが自分で立てたことを、
少し離れた場所で知る。
それは、派手じゃない。
でも、確かに残る。
「悪くないわね」
夜の帳が下りるころ、
セレスティアは窓を閉めた。
今日も、大きな事件はない。
それでも、
何かが、ちゃんと進んだ気がする。
それで十分。




