第79話「悪女は、空席をそのままにする」
会議室に入った瞬間、セレスティアは違和感に気づいた。
椅子が一つ、空いている。
それも、かつて自分が座っていた位置。
「席、用意し直しますか?」
係の者が小声で尋ねる。
「いいえ」
セレスティアは首を横に振る。
「そのままで」
少し戸惑った顔をされるが、
やがて会議は始まった。
空席は、誰のものにもならない。
自然と視線がそこを避ける。
議論は続く。
以前よりも、少しだけ言葉が荒い。
「それは現実的じゃない」
「いや、現場では必要だ」
声が重なり、間が詰まる。
誰かが、空席をちらりと見た。
呼ばれない。
名前も出ない。
セレスティアは、ただ聞いている。
沈黙が長くなったとき、
地方代表が口を開いた。
「一度、休みませんか」
意外な提案。
だが、反対は出なかった。
廊下で、若い役人が呟く。
「前なら、あそこでまとめてもらってましたね」
「そうね」
隣にいた同僚が答える。
「でも、今日は違う」
セレスティアは、少し離れた場所で窓を開ける。
風が入る。
声も、空気も、外に流れる。
再開後の会議は、ゆっくり進んだ。
結論は出ない。
けれど、誰も苛立っていない。
終わり際、最年長の貴族が言った。
「今日は決めない。
次に持ち越そう」
その判断に、頷きが返る。
会議室を出ると、ルシアが小さく息を吐いた。
「まとめ役、いなくても何とかなるんだね」
「ええ」
セレスティアは微笑む。
「空席があると、
みんな、少しだけ自分の足元を見る」
屋敷への帰り道、夕焼けが街を染める。
誰も座らなかった椅子。
誰も埋めなかった役割。
悪女は、空席をそのままにする。
そこに誰かが座るかどうかは、
もう、決めない。
決めないという選択が、
新しい動きを生むこともある。
セレスティアは、歩きながら空を見上げた。
今日は、悪くない一日。
そう感じるのだった。




