第78話「悪女は、名前を呼ばれなくなる」
最近、セレスティアの名前は会議であまり出なくなった。
それに気づいたのは、朝の報告を聞いているときだった。
「……以上です」
報告役の官僚が一礼する。
そのまま、次の議題に進もうとする。
「今、公爵令嬢の意見は?」
誰も、そう言わなかった。
「終わり?」
ルシアが小声で聞く。
「ええ」
セレスティアは少し驚いてから、微笑んだ。
「終わりみたい」
マリエルが眼鏡の位置を直す。
「不思議ね。
前なら、必ず一度は名前が出てた」
「癖が抜けてきたのよ」
セレスティアは紅茶を口に運ぶ。
「頼らない、という癖」
その日の午後、城の回廊で偶然、若い官僚とすれ違った。
「公爵令嬢」
彼は一瞬、立ち止まり、少し迷ってから言う。
「この前の会合……
助言を求めなくて、すみませんでした」
「謝ること?」
セレスティアは首を傾げる。
「えっと……
失礼かと」
「いいえ」
柔らかく答える。
「それで、どうでした?」
彼は、少し照れたように笑った。
「時間はかかりましたけど、
自分たちで決めました」
「それは、よかった」
それだけで、十分だった。
屋敷に戻ると、ルシアが少し不安そうな顔をする。
「名前、呼ばれなくなってるよね」
「ええ」
セレスティアは頷く。
「ちょっと、寂しい?」
「少しだけ」
正直な答え。
「でも、これでいい」
夕暮れ、書斎の窓から街を見下ろす。
人の流れは、相変わらず忙しない。
けれど、以前より、立ち止まる人が減った。
「動けるようになったのね」
誰かに確認する必要が、減った。
悪女は、名前を呼ばれなくなる。
それは、影響力を失うことじゃない。
依存が、終わったという合図。
「主役を降りるって、こういう感じか」
小さく呟き、笑う。
物語の中心から一歩外れても、
世界は、ちゃんと回る。
それを見届けられるなら、
悪役冥利に尽きるというもの。
王都の夜が、静かに広がっていく。




