第76話「悪女は、声を拾いすぎない」
待つ、と決めてから数日。
セレスティアのもとには、意外なものが集まり始めた。
決断を求める書類ではない。
調整を依頼する嘆願でもない。
ただの報告。
現場の近況。
小さな困りごと。
「これ、判断いらないね」
ルシアが紙束をめくりながら言う。
「ええ」
セレスティアは頷く。
「だから、送ってきたのよ」
マリエルが納得した顔をする。
「決めてほしいんじゃなくて、
聞いてほしいだけ」
「そう」
セレスティアは紅茶を注ぐ。
「声を出してもいい場所があると、
人は少し落ち着く」
午後、街の視察に出ると、
思いがけず声をかけられた。
「公爵令嬢」
若い役人だった。
以前、会議でほとんど発言できなかった人物。
「何か、ありました?」
「いえ」
彼は少し迷ってから続ける。
「決めなくていい、と言われてから、
部下が話すようになりまして」
セレスティアは、足を止めた。
「それで?」
「まとまらないんですが……
でも、前より揉めません」
「いい傾向ね」
彼は、ほっとしたように笑う。
「正解を言わなくていい、って
こんなに楽なんですね」
屋敷に戻る途中、ルシアが不思議そうに言った。
「最近、頼られてる感じ、減ってない?」
「減ってるわね」
セレスティアは素直に答える。
「でも、その方がいい」
「寂しくない?」
「少しだけ」
微笑んで続ける。
「でも、全部拾ってたら、
また便利になってしまう」
夕方、机に届いた一通の短い書き付け。
差出人は、あの年配の貴族。
今まで黙っていたが、
次の会合で、自分の意見を言うつもりだ。
理由は、
逃げ場がなくなったから。
セレスティアは、その一文を指でなぞる。
「逃げ場がない、か」
悪女は、声を全部拾わない。
必要以上に、抱え込まない。
代わりに、
拾わなかった余白を残す。
そこに、誰かが踏み出すための
静かな場所ができる。
王都は、まだ完成していない。
答えも、遠い。
それでも、
声の出し方だけは、
少しずつ変わってきていた。
それを確認できただけで、
今日は十分だ。




