第75話「悪女は、待つことを選ぶ」
雨が上がった翌朝、王都は少しだけ軽かった。
空気が洗われた、というより。
余計な音が減った、そんな感じ。
「街、静かだね」
ルシアが朝食のパンをちぎりながら言う。
「ええ」
セレスティアは窓の外を見ていた。
「昨日、たくさん話したから」
「話しただけで、変わるもの?」
「すぐには」
セレスティアは肩をすくめる。
「でも、黙って押し付けるよりは、ずっと」
午前中、城から連絡が入った。
会議は、しばらく間隔を空けるとのこと。
「休止、みたいなもの?」
マリエルが書状を読みながら首を傾げる。
「逃げではないわ」
セレスティアは落ち着いた声で言う。
「考える時間を取る、という決断」
「珍しい」
「ええ。だから、意味がある」
午後、セレスティアは街に出た。
護衛も最小限。
市場はいつも通り賑やかで、
政治の匂いは薄い。
「最近、顔色いいね」
果物屋の主人が、気軽に声をかけてくる。
「そう?」
「前は、みんなピリピリしてた」
セレスティアは、代金を払いながら微笑んだ。
「それなら、よかった」
屋敷に戻ると、一通の手紙が届いていた。
差出人は、あの地方代表。
内容は短い。
まだ決められない。
でも、勝手に決められるより、ずっといい。
セレスティアは、手紙を静かに畳む。
「返事は?」
ルシアが尋ねる。
「出さない」
「え?」
「今は、待つ番」
マリエルが少し驚いた顔をする。
「何もしないの?」
「何もしない、を選ぶのも仕事よ」
夕暮れ、セレスティアは書斎で一人、灯りを落とした。
考えは、まだまとまらない。
結論も、見えない。
それでも、不安はない。
「急がないって、難しいわね」
独り言が、静かな部屋に溶ける。
悪女は、前に出ない。
答えも、出さない。
ただ、待つ。
誰かが自分の足で、
一歩踏み出す瞬間を。
それは、派手じゃない。
物語映えもしない。
でも、その一歩だけは、
奪ってはいけないものだった。
王都は、今日も静かに夜を迎える。
動かない時間が、
確かに、次を育てていた。




