第74話「悪女は、答えを持っているふりをしない」
王都に、久しぶりの雨が降った。
強くもなく、弱すぎもしない。
通りの石畳を濡らし、音を吸い込むような雨。
「静かだね」
ルシアが窓辺で言った。
「ええ」
セレスティアは、外套を椅子に掛けながら答える。
「考えごとをするには、ちょうどいい」
その日の朝、城から一通の招待状が届いていた。
正式な会議ではない。
議題も決まっていない。
ただ、集まってほしい、とだけ書かれている。
「また、様子見の集まりかしら」
マリエルが苦笑する。
「たぶん」
セレスティアは、特に表情を変えなかった。
会場は、小さな会議室だった。
円卓を囲む人数も、以前より少ない。
座る位置に、はっきりした序列はない。
「……今日は」
誰かが口を開く。
「何を話せばいいのか、分からなくて」
正直な声だった。
「それで、いいと思います」
セレスティアは、すぐに答えない。
一拍置いて、穏やかに言う。
「分からないことが、
今の共通点ですから」
視線が交わる。
「でも、公爵令嬢は」
別の人物が言いかけて、言葉を飲み込む。
「答えを、知っているんじゃ?」
セレスティアは、首を振った。
「知っていたら、楽だったでしょうね」
小さな笑いが起きる。
「わたくしは、
答えを持っている役を、降りました」
雨音が、窓を叩く。
「代わりに、
皆さんが考えたことを聞きたい」
沈黙のあと、ひとりが手を挙げた。
「……間違えても、いいですか」
「もちろん」
セレスティアは微笑む。
「間違えたまま話せる場が、
今は一番大事です」
そこから、ぽつりぽつりと意見が出始めた。
自信はない。
揺れている。
でも、誰の言葉にも、
逃げるための飾りがなかった。
会が終わる頃、雨は小降りになっていた。
「不思議ですね」
帰り際、誰かが言う。
「答えが出てないのに、
少し楽になりました」
「ええ」
セレスティアは頷く。
「分からないまま、
一人じゃないと分かったから」
屋敷への帰り道、
街の水たまりに灯りが揺れていた。
「今日も、何も決めなかったね」
ルシアが言う。
「ええ」
セレスティアは歩みを止めない。
「でも、誤魔化すのもやめた」
悪女は、答えを持っているふりをしない。
その代わり、
考える時間を奪わない。
雨上がりの街は、
少しだけ呼吸がしやすくなっていた。
それで十分。




