第73話「悪女は、答えを急がせない」
合同会合から二日。
王城の空気は、まだ落ち着かなかった。
廊下で立ち止まって話す人。
資料を抱えたまま考え込む人。
誰もが、少しだけ歩く速度を落としている。
「前より、疲れてる顔が増えた気がする」
ルシアが窓から城内を見下ろしながら言った。
「ええ」
セレスティアは、机に置かれた未開封の封書を眺める。
「でも、その疲れは悪くない」
「そう?」
「自分で考えてる証拠だから」
その封書は、昨日から届き始めたものだ。
正式な陳情でも、抗議でもない。
意見。
提案。
それぞれの立場から書かれた、不格好な文章。
「宛名が、全部あなたになってる」
マリエルが封を切りながら言う。
「まだ、癖が抜けてないわね」
セレスティアは苦笑する。
「でも、内容は前と違う」
マリエルが一枚を読み上げる。
「我々は、こうしたい。
ただし、反対が出るなら、その理由も聞きたい」
「押し付けじゃない」
ルシアが頷く。
「ええ」
セレスティアは、ゆっくりと立ち上がった。
「だから、返事は急がない」
午後、城での非公式な集まり。
今回は、議題も進行役も決められていなかった。
ただ、集まる。
沈黙が続く中、誰かがぽつりと口を開いた。
「……正解が、分からない」
それに、別の声が重なる。
「前なら、公爵令嬢が言ってくれた」
視線が、また集まりかける。
けれど、セレスティアは首を振った。
「正解は、たぶん一つじゃありません」
静かな声。
「だから、今は答えを出さなくていい」
ざわめき。
「決めないままで?」
「ええ」
セレスティアは微笑む。
「考え続ける、という選択もあります」
誰かが、息を吐いた。
「それ、逃げじゃない?」
「逃げる時は、考えるのをやめます」
はっきりと。
「今は、皆さん、やめていない」
空気が、少し緩む。
会が終わる頃、
最初に不安を口にした人物が、セレスティアに近づいた。
「……急がせなくて、よかった」
「そう言ってもらえるなら」
セレスティアは軽く頭を下げる。
屋敷への帰り道、ルシアが言った。
「今日も、前に出なかったね」
「ええ」
夕暮れの空を見上げる。
「前に出ると、
答えを一つにしてしまうから」
悪女は、結論を振りかざさない。
代わりに、迷う時間を許す。
その余白が、
この街を、少しずつ強くしていく。
静かな変化は、まだ目立たない。
けれど確かに、根を張り始めていた。




