第72話「決めない自由は、案外きつい」
空いた席は、すぐには埋まらなかった。
その代わり、王城の廊下がやけに賑やかになった。
人が集まり、立ち話が増え、声はひそひそと低い。
「みんな、様子を見てる」
ルシアがそう言って、肩をすくめた。
「座らなければ、責任は来ない。
でも、座らないままだと、何も進まない」
「板挟みね」
セレスティアは紅茶を一口飲む。
「便利な悪女が消えた後の、よくある症状」
その日の午後、臨時の合同会合が開かれた。
調整役不在のまま、代表だけが集められた席。
セレスティアは、あえて後ろの方に座る。
発言権はあるが、主導権は取らない位置。
開始から十分。
誰も、話を切り出さない。
「……では」
ようやく、年配の貴族が口を開いた。
「まず、どなたが進行を?」
沈黙。
視線が、自然とセレスティアに集まりかける。
けれど、彼女は軽く首を振った。
「今日は聞き役ですわ」
それだけ。
空気が、ぴんと張る。
「では、私が」
次に名乗ったのは、これまで沈黙を守ってきた地方代表だった。
声は少し震えている。
けれど、言葉はまっすぐ。
「結論を急ぐ話ではありません。
まず、何が困っているのかを出しましょう」
それを皮切りに、少しずつ声が重なっていく。
不満。
不安。
恐れ。
まとまりはない。
きれいでもない。
それでも、誰かが代わりに整えない分、
言葉は、自分のものだった。
セレスティアは、その様子を黙って見ていた。
会合が終わる頃、
全員がどっと疲れた顔をしていた。
「……正直、しんどい」
誰かが本音を漏らす。
「ええ」
セレスティアは、穏やかに頷く。
「決めない自由は、案外きついものです」
帰り道、ルシアが小声で言った。
「今日、誰もヒロインを求めなかったね」
「ええ」
セレスティアは笑う。
「それでいいの」
夕暮れの王都は、いつもより少しだけ遅く動いていた。
決断が遅い分、足取りも慎重。
でも、それは停滞じゃない。
誰かの背中に隠れない歩き方を、
この街が覚え始めただけ。
悪女は、今日も前に出なかった。
代わりに、誰かが一歩踏み出すのを待った。
それだけで、十分な前進だった。




