第71話「悪女の席は、空いたまま」
提案書への返書を出してから、三日。
王都は、また静かになった。
騒ぎが収まった、というより。
次に何を言えばいいのか、分からなくなった沈黙。
「……ほんとに、何も来ないね」
ルシアが廊下を見渡し、小声で言う。
「ええ」
セレスティアは窓際で、陽の傾きを眺めていた。
「今までが、来すぎだっただけ」
マリエルが帳簿を閉じる。
「最終判断者を明記しろ、は効いたみたいね。
誰も、名乗りたがらない」
「名は、重いから」
セレスティアは淡く笑う。
その日の午後、王城から一人の使者が訪れた。
以前から、調整役として名前が挙がっていた官僚。
応接室で向かい合うと、彼は深く息を吸った。
「……空きましたね」
「席が?」
セレスティアは、わざと聞き返す。
「あなたの席です」
彼は正直だった。
「今まで、皆が期待していた役割。
まとめて、決めて、責任を曖昧にしてくれる席」
セレスティアは、首を傾げる。
「そんな席、最初からありませんわ」
「でも、あったことにしていた」
彼は苦く笑う。
「今、それが空席になっている」
セレスティアは、ゆっくりとうなずいた。
「それで?」
「困っています」
率直な言葉だった。
「誰も座らない。
座れば、敵が増えるから」
ルシアが思わず声を出す。
「じゃあ……」
「ええ」
官僚は視線を下げる。
「だから、戻ってきてほしいと言われました」
一瞬、空気が止まる。
セレスティアは、驚かない。
「戻る、とは?」
「もう一度、あなたが調整役に」
静かな沈黙。
やがて、セレスティアは立ち上がった。
「お断りします」
即答だった。
官僚は、分かっていたように目を閉じる。
「……ですよね」
「でも」
セレスティアは続けた。
「席を、空けたままにはしない」
顔を上げる官僚。
「どういう意味です?」
「空席は、誰かが埋める」
穏やかな声。
「それが、一人じゃなくてもいい」
マリエルが理解したように言う。
「役割を、分ける?」
「ええ」
セレスティアは頷く。
「決める人、記録する人、止める人。
全部、別々でいい」
官僚は、目を見開く。
「そんなこと……前例が」
「前例がないから、今こうなってる」
セレスティアは微笑んだ。
「わたくしが座らない席なら、
形を変えましょう」
官僚は、長く息を吐いた。
「……伝えます」
彼が去ったあと、ルシアが不思議そうに言う。
「ほんとに、全部手放すんだね」
「ええ」
セレスティアは椅子に腰掛ける。
「座ったままだと、
また便利にされるから」
リュシアンが静かに言った。
「それでも、影響は残る」
「ええ」
視線を窓の外へ。
「空いた席ってね、
一度見えると、忘れられないの」
誰も座らない席。
誰かが代わりに責任を取ってくれない場所。
それが残るだけで、
街の動き方は変わる。
悪女は、席を壊し、
座らずに立ち去った。
それでも、その不在は、
これからずっと、問い続けるはずだ。
誰が次の悪女を決めるのか、と。




