第70話「悪女は、最後まで便利にならない」
調整会を公開に切り替えてから、王都の空気が少し変わった。
重たさは残っている。
けれど、逃げ場のない重さではなく、
自分で持たなければならない重さになっていた。
「最近、呼び出しが減ったわね」
朝の応接室で、ルシアがぽつりと言う。
「ええ」
セレスティアは書類に目を通しながら答える。
「丸投げできないと分かったからよ」
マリエルが苦笑する。
「代わりに、相談内容が具体的になった」
「責任を伴う質問だけが残る」
アレクシスが頷いた。
その日の午前、旧都市連盟から追加の提案書が届いた。
内容は、一見すると歩み寄り。
管理権限の分散。
当事者参加の協議体。
公開記録の承認。
「……ずいぶん、聞こえはいい」
ルシアが眉を寄せる。
「ええ」
セレスティアは紙を机に置いた。
「でも、肝心なところが抜けてる」
「どこ?」
「責任の所在」
静かな声。
「仕組みだけ作って、
誰が最終的に決めるのか、書いてない」
リュシアンが低く言う。
「また、便利な誰かに押し付けるつもりか」
「そう」
セレスティアは、ペンを取った。
返書は、短かった。
仕組みには同意する。
ただし、最終判断者を明記すること。
その名は、会議ごとに公開すること。
「これ、嫌がるわよ」
マリエルが言う。
「ええ」
セレスティアは笑う。
「だから出したの」
午後、王城での打ち合わせ。
その場でも、空気は微妙だった。
「公爵令嬢、そこまで求める必要が?」
誰かが、遠回しに言う。
「あります」
セレスティアは即答する。
「決める覚悟がない人が、
決まったふりをするのが、一番危険です」
沈黙。
「わたくしは、まとめ役でも、調停者でもありません」
視線を一人ずつ見渡す。
「決める人が決める場を、
壊さずに残しているだけ」
夜、屋敷に戻ると、ルシアが少し不安そうに言った。
「嫌われない?」
「もう、十分嫌われてるわ」
セレスティアは肩をすくめる。
「でもね」
少しだけ、声を落とす。
「便利に好かれるより、
面倒でも信じられるほうがいい」
リュシアンが、短くうなずいた。
「それ、長く残る」
窓の外、王都の灯りは変わらず揺れている。
劇的な勝利はない。
喝采も、断罪もない。
ただ、便利な役割が一つ、
確実に消えていく。
悪女は、最後まで便利にならない。
それが、この街にとって、
一番大きな変化だったのかもしれない。




