第69話「悪女は、調整役に向いていない」
王都に、書類が増え始めた。
会議の議事要約。
事業ごとの報告。
調整案、修正案、その差し戻し。
「……量がおかしい」
ルシアが机に積まれた紙の山を見て、引きつった笑顔を浮かべる。
「ええ」
セレスティアは涼しい顔で言った。
「調整段階に入った証拠よ」
マリエルが眼鏡を押し上げる。
「全員、自分は悪くない前提で来るからね。
結果、紙だけが増える」
アレクシスが腕を組む。
「正直に言うと、
これは君の性格に向いてない」
「分かってるわ」
セレスティアは即答する。
「はっきり敵なら、もっと楽」
午前中だけで、三件の相談。
午後には、四件の意見聴取。
どれも共通しているのは、
自分が悪役になりたくない、という一点。
「連盟が悪いと言われるのは困る」
「でも、今さら従うのも体裁が悪い」
「公爵令嬢が、うまく丸めてくれないか」
セレスティアは、最後の言葉を聞いた瞬間、笑った。
「丸める?」
相手が言葉に詰まる。
「それ、わたくしに一番向いてない役目ですわ」
その日の夕方、ついに我慢の限界が来た。
セレスティアは、予定されていた非公開の調整会を一つ、
その場で公開形式に変更した。
参加者は慌てる。
「聞いてない」
「準備が」
「でしょうね」
セレスティアは穏やかに言った。
「でも、内輪で話すこと、
もう残ってないでしょう?」
会場が静まる。
「皆さん、同じことを言ってます」
セレスティアは、ゆっくりと続ける。
「自分は正しい。
でも、責任は取りたくない」
誰も反論できない。
「だから、調整役に押し付ける」
一拍置いて、微笑む。
「悪女を、便利に使わないでください」
空気が、ひりつく。
「わたくしは、結論を代わりに出しません」
はっきり言う。
「出すなら、名前を出して。
出せないなら、席を立って」
数秒の沈黙のあと、
一人、また一人と、発言者が名乗り始めた。
意見は鋭く、ぶつかり合う。
けれど、それでいい。
夜、屋敷に戻ると、ルシアが目を丸くする。
「今日の、すごかったね」
「疲れた」
セレスティアは椅子に倒れ込む。
「やっぱり、調整役なんて柄じゃない」
リュシアンが静かに言う。
「でも、逃げなかった」
「ええ」
天井を見上げる。
「逃げると、また押し付けられるから」
マリエルが小さく笑った。
「嫌われる勇気、ほんとにあるわね」
「悪女ですもの」
セレスティアは肩をすくめる。
調整は、まだ続く。
きれいには終わらない。
でも今日、ひとつだけ変わった。
誰も、
公爵令嬢に丸投げできなくなった。
それで十分。
悪女は、便利な椅子を壊しながら、
次の面倒へと進んでいく。




