第68話「静かな勝利は、後から効いてくる」
公会堂での会談から数日。
王都は、表向き何も変わっていなかった。
露店は並び、馬車は走り、人々は朝を迎える。
けれど、その裏で、確実に歯車がずれ始めていた。
「連盟側の会合、延期が続いてる」
マリエルが報告書を閉じる。
「ええ」
セレスティアは窓辺で腕を組んだ。
「決められなくなったのね」
アレクシスが頷く。
「これまでは、上で決めて下に流せばよかった。
でも今は、勝手に動く人間が増えた」
「管理が効かない」
ルシアがぽつりと言う。
「それって……」
「怖いのよ」
セレスティアは静かに答える。
「力を持つ側にとって、一番」
その日の午後、王城から正式な通達が届いた。
旧都市連盟との協議は継続。
ただし、今後は議事要約を段階的に公開する、と。
「通ったわね」
マリエルが目を細める。
「予想より、早い」
「引き延ばすと、内部から崩れる」
セレスティアは淡々と答える。
「彼らも、それが分かってる」
夕方、屋敷を訪ねてきたのは、あの若い貴族だった。
名を伏せるのをやめた人物。
「噂が、変わってきました」
少し緊張した声。
「公爵令嬢は、争っているんじゃない。
巻き込んでいるんだって」
「巻き込む」
セレスティアは苦笑する。
「言い方は悪くないわね」
彼は、少し安心したように続ける。
「同じように、様子見していた家が、
動き始めています」
「ええ」
セレスティアは頷く。
「勝ったからじゃない。
負け方が、はっきりしたから」
彼が去ったあと、ルシアが首を傾げた。
「勝ってないのに、人が集まるの?」
「勝利ってね」
セレスティアは椅子に腰掛ける。
「だいたい、あとから効いてくるの」
その夜、リュシアンが珍しく、外套を着たまま戻ってきた。
「街を見てきた」
「どうだった?」
「落ち着いてる」
短く言って、続ける。
「でも、目が違う。
誰かの顔色を伺ってない」
セレスティアは、その言葉を噛みしめる。
「それが、一番の変化ね」
王都は、静かだった。
けれど、それは嵐の前じゃない。
方向を変えた船が、
まだ速度を落としたまま進んでいるだけ。
セレスティアは、机の上の書類を整える。
次に来るのは、
協力でも対立でもない。
「調整」
そう名付けられる、面倒で、逃げられない段階。
悪女は、ため息ひとつついて笑った。
「ほんと、悪役って忙しい」
でも、その顔に迷いはなかった。
静かな勝利は、
いつも遅れて効いてくる。
そして今、その兆しは、
確かに王都のあちこちに滲み始めていた。




