第66話「揺れるのは、力を信じた者から」
踏み絵が意味を失った翌日、王都の空気ははっきり変わった。
張りつめていた糸が、一本ずつ緩んでいく。
けれど、それは安心ではなく、別の不安を生む静けさだった。
「……旧都市連盟側、動きが鈍ってる」
マリエルが情報紙を畳む。
「ええ」
セレスティアは机に肘をつき、考え込むように視線を落とした。
「予想より、効いてる」
アレクシスが腕を組む。
「力を背景にした交渉は、相手が怖がってこそ成立する。
怖がられなくなった瞬間、揺らぐ」
「揺らぐのは、いつも使う側から」
セレスティアは小さく笑った。
その日の午後、連盟と関係の深い商会の一つが、
突然、事業停止を発表した。
理由は資金繰り。
けれど、内情は誰の目にも明らかだった。
「切られたんだ」
ルシアが小さく呟く。
「ええ」
セレスティアは静かに頷く。
「従わないなら、守らない。
分かりやすい」
だが、その判断は早すぎた。
停止した商会の従業員を、
別の商会が即日で引き受けると名乗り出た。
条件は一つ。
旧都市連盟との関与を明確に断つこと。
「……連鎖してる」
マリエルが目を細める。
「人が、人を選び始めた」
夕方、セレスティアのもとに一通の書簡が届く。
封蝋は、旧都市連盟のもの。
「来たわね」
開いた瞬間、ルシアが息を呑む。
文面は丁寧。
けれど、焦りがにじんでいる。
内容は、話し合いの再要請。
場所は中立地。
条件は、非公開。
「ずいぶん、柔らかくなった」
アレクシスが言う。
「追い詰められてる証拠ね」
セレスティアは、すぐには返事を書かなかった。
代わりに、窓の外を見る。
人の流れが、昨日とは違う。
立ち止まる人が増え、
話す声が、少しだけ前向きになっている。
「行くの?」
ルシアが不安そうに尋ねる。
「ええ」
セレスティアは、ゆっくり微笑んだ。
「でも、条件はつける」
その夜、返書は短くまとめられた。
非公開は拒否。
議事は記録し、後日開示。
同席者は、双方同数。
「完全に、主導権取りに行ってる」
マリエルが肩をすくめる。
「ええ」
セレスティアはペンを置いた。
「力で押す人ほど、
見られるのを嫌がるもの」
リュシアンが、静かに言う。
「向こう、応じる?」
「応じるわ」
即答。
「今、引いたら終わりだから」
夜が更け、屋敷の灯りが落ちていく。
セレスティアは一人、書斎に残った。
机の上には、これまでの記録。
選ばされ、沈黙し、動き始めた人たちの名前。
「悪女って、ほんと面倒」
小さく呟き、笑う。
守らない。
押し付けない。
でも、逃がさない。
そのやり方が、
一番、力を信じた者の足場を崩す。
揺れているのは、王都じゃない。
力だけを信じてきた、その側だった。




