第64話「正面衝突は、静かに始まる」
旧都市連盟の新しい声明は、朝刊よりも早く王城に届いた。
封を切ったアレクシスが、眉間にしわを寄せる。
「……名指しだな」
「でしょうね」
セレスティアは落ち着いた様子で、紅茶に口をつけた。
声明の内容は単純だった。
公爵令嬢セレスティアは、権限を逸脱し、
王都の均衡を乱している。
よって連盟は、彼女の関与する一切の事業と距離を置き、
同調する者にも注意を促す。
「遠回しに見えて、実質は宣戦布告ね」
マリエルが言う。
「ええ。でも、よく我慢したほう」
セレスティアは紙を机に置いた。
「この手の人たち、もっと感情的になるかと思ってた」
ルシアが不安そうに首を傾げる。
「これって、どうなるの?」
「どうもしない」
セレスティアは即答する。
「向こうが正面に立っただけ。
こちらは、今まで通りやる」
その日の昼、王城で緊急の評議が開かれた。
議題は一つ。
公爵令嬢の行動について。
空気は張りつめ、誰もが言葉を選んでいた。
「旧都市連盟が動いた以上、無視はできない」
「だが、彼女が引けば、問題は拡大しない」
そんな声が交錯する中、
セレスティアは席を立った。
「発言、よろしいかしら」
視線が集まる。
「わたくしが引けば、確かに静かになります」
一拍置いて、続ける。
「でも、それは解決じゃない。
ただ、次の火種を見えなくするだけ」
誰かが言い返す。
「だが、今は安定が優先だ」
セレスティアは、その人物をまっすぐ見た。
「安定って、誰にとって?」
沈黙が落ちる。
「わたくしは、力を集めていません」
静かな声。
「集まってきただけです。
拒めば、敵になる。
それだけの構図を、変えたかった」
評議室の空気が、わずかに揺れた。
「連盟は、力を分けろと言った。
管理を共有しろと」
セレスティアは首を振る。
「共有じゃない。
使いやすくしたかっただけ」
言い切る。
「だから、断りました」
その潔さに、何人かが目を伏せた。
評議は、結論を出さないまま終わった。
それ自体が、答えだった。
王城を出ると、待っていたのは人だかり。
記者、商人、貴族。
誰もが、言葉を欲しがっている。
セレスティアは立ち止まり、軽く息を吸った。
「本日、評議で処分は決まりませんでした」
それだけ告げる。
「わたくしは、これまで通り動きます」
質問が飛ぶ。
「連盟との対立は避けられないのでは」
「避けません」
短く、はっきり。
「正面から来た相手に、背中は見せません」
その言葉は、即座に王都中に広がった。
夜、屋敷に戻ると、ルシアがぽつりと言う。
「ほんとに、ぶつかるんだね」
「ええ」
セレスティアは疲れたように笑った。
「でもね、殴り合いじゃない」
窓の外では、街の灯りが揺れている。
「これは、価値観の衝突」
どちらが正しいかじゃない。
どちらを選ぶか。
旧都市連盟は、力を便利に使いたい。
セレスティアは、選ぶ余地を残したい。
正面衝突は、もう始まっている。
音もなく、逃げ場もなく。
悪女は、その中心に立っていた。




