第62話「選ばれる側の、沈黙」
王都に、また一段深い静けさが落ちた。
騒ぎは起きない。
けれど、人の流れが変わっている。
市場では、露骨にセレスティア家の商標を避ける店と、
逆に、わざと扱う店が分かれ始めた。
中間が、消えていく。
「きれいに割れてきたね」
マリエルが帳簿を閉じる。
「ええ。
沈黙してた人たちが、そろそろ選ばされる頃」
セレスティアは、椅子に背を預けたまま天井を見上げる。
「動かないって選択も、実は一番勇気がいるのよ」
アレクシスが腕を組む。
「でも、限界がある。
次に何か起きれば、一気に傾く」
その予想は、外れなかった。
午後、王城から非公式の使者が訪れる。
名は伏せられていたが、立ち居振る舞いで分かる。
中立派の中核にいる人物だ。
応接室で向かい合うと、使者は言葉を選ぶように口を開いた。
「最近の動き、王都に緊張をもたらしています」
「でしょうね」
セレスティアは、にこりともせず返す。
「だからこそ、お願いがあります」
使者は深く頭を下げた。
「一度、動きを止めていただけませんか」
ルシアが思わず身を乗り出す。
「止めるって……」
「声明も、支援も、調査も。
すべて、少しだけ」
セレスティアは、沈黙した。
数秒。
相手が耐えきれなくなるまで、待つ。
「理由を聞いても?」
使者は苦しそうに言う。
「これ以上、どちらにつくかを迫られると……
耐えられない者が出る」
セレスティアは、静かにうなずいた。
「正直ね」
そして、はっきり言う。
「でも、それはできません」
使者の肩が落ちる。
「わたくしが止まれば、状況は落ち着くでしょう。
でも、それは先延ばし」
視線を逸らさずに続ける。
「選ばない人は、次は選ばされる。
もっと、ひどい形で」
使者は何も言えなくなった。
「今なら、まだ自分で決められる」
セレスティアは、柔らかく言った。
「それを奪うつもりは、ありません」
使者は深く礼をし、去っていった。
扉が閉まると、ルシアが息を吐く。
「冷たくない?」
「冷たいわよ」
セレスティアは即答する。
「でも、優しいだけじゃ、人は動かない」
その夜、リュシアンが珍しく長く沈黙していた。
「なにか言いたそうね」
セレスティアが声をかける。
「……君、嫌われる覚悟、できてる?」
「もう、とっくに」
笑って答える。
「好かれたい悪女なんて、聞いたことある?」
彼は小さく笑い、でもすぐ真剣な目になる。
「明日、動きがある」
「ええ」
セレスティアは立ち上がり、窓の外を見た。
王都の灯りが、いつもより少なく見える。
「沈黙してた人たちが、
声を出す夜になる」
それが味方か、敵かは分からない。
でも、もう隠れてはいられない。
選ばれる側だった人間が、
自分で立つか、誰かに押し出されるか。
悪女は、その分岐点を見届ける。
静かな夜は、もう終わりに近い。




