第61話「静かな夜に、罠は張られるのだから」
広場での一件から二日。
王都は、奇妙な落ち着きを見せていた。
噂は止まり、抗議も起きない。
代わりに、人々は様子を見ている。
それが一番、厄介だった。
「静かすぎる」
アレクシスが低い声で言う。
「嵐の前、ってやつ?」
ルシアは窓の外を見て、肩をすくめた。
「ええ。しかも、準備の時間を与えてしまった」
セレスティアは机に並べられた報告書をめくる。
「それでいいのよ。
相手が慎重になるほど、ボロは出る」
その夜、城内の灯りが落ち始めた頃。
リュシアンが、気配を変えた。
「来る」
短い一言。
次の瞬間、廊下の奥で金属音。
続いて、抑えた叫び声が一つ。
アレクシスが即座に剣に手をかける。
「侵入者か」
「二人」
リュシアンは影のように動いた。
「動きは荒い。
慣れてない」
セレスティアは、ゆっくりと立ち上がる。
「捕まえて。
生きたまま」
数分後、連れてこられたのは若い男二人。
衣服は平民風。
けれど、靴と手袋は上物だった。
「誰の差し金?」
マリエルが冷静に尋ねる。
男たちは震え、口を閉ざす。
セレスティアは、しゃがみ込んで目線を合わせた。
「安心なさい。
拷問は趣味じゃないの」
男の一人が、思わず顔を上げる。
「ただ、正直に答えてくれればいい」
沈黙が続いたあと、かすれた声が漏れた。
「……商会の仲介人です。
名前は、言えない」
「旧都市連盟?」
男は、わずかにうなずいた。
ルシアが息を呑む。
「やっぱり……」
セレスティアは立ち上がり、背を向けた。
「連れていって。
正式に記録を取る」
「処分は?」
アレクシスが問う。
「必要ない」
振り返らずに言う。
「今は、見せるほうが効く」
翌朝、その事実は静かに広まった。
侵入は失敗。
捕らえられ、裁きは公開。
処罰は軽かった。
それが、逆に効いた。
「見逃された」
「泳がされてる」
王都の裏側で、そんな言葉が飛び交い始める。
マリエルが小さく笑った。
「罠、きれいに張れたわね」
「ええ」
セレスティアは紅茶を口にする。
「踏ませるのは、これから」
リュシアンが壁にもたれ、腕を組む。
「次は、もっと大物が動く」
「動かせるわ」
視線が合う。
「私が、動かしたい方向に」
その日の午後、思わぬ訪問者が現れた。
「王太子殿下?」
ルシアが驚く。
彼は疲れた顔で微笑んだ。
「少し、話がしたくてね」
応接室に通され、扉が閉まる。
「君、敵を増やしてる自覚はある?」
セレスティアは即答する。
「もちろん」
「それでも、止まらない?」
「止まる理由が、ありませんもの」
王太子は、しばらく彼女を見つめてから言った。
「……味方でいてくれる人間は、選びなさい」
「選んでますわ」
セレスティアは、はっきり言った。
「だから、ここに立ってる」
王太子は苦笑し、立ち上がる。
「君は、本当に厄介だ」
「悪女ですから」
その背中が去ったあと、ルシアがぽつりと呟いた。
「なんだか……本当に、戦争前みたい」
セレスティアは窓の外を見る。
「ええ。でもね」
夜空に、雲が流れる。
「これは、殴り合いじゃない」
静かに、確信を込めて。
「選ばせる戦いよ。
誰が、どこに立つのか」
罠は、もう張り終えた。
踏み込むかどうかは、相手次第。
悪女は、次の一手を待っていた。




