第59話「悪女は、逃げ道を作らない」
面会から三日後、王都の空は低く曇っていた。
風はないのに、街全体が息をひそめているみたいだった。
「来るね、これ」
セレスティアは窓辺で紅茶を口にする。
「なにが?」
ルシアが不安そうに尋ねる。
「圧力。しかも、分かりやすいやつ」
その予想は、ほどなくして現実になった。
午前中だけで、支援先から三件の辞退連絡。
午後には、商会との取引が二つ、理由不明のまま白紙に戻る。
マリエルが書類を机に置き、淡々と報告する。
「露骨ね。
旧都市連盟と直接つながってはいないけど、影響圏は重なってる」
アレクシスが眉をひそめる。
「揺さぶりだ。
直接手を出さず、周囲から削る」
ルシアが唇を噛む。
「支援を受けてた人たち、大丈夫かな……」
セレスティアは椅子に深く腰掛け、くるりと紅茶のカップを回した。
「大丈夫よ。
だから、今朝から全部、私名義に切り替えてある」
一瞬、室内が静まる。
「……全部?」
マリエルが目を見開く。
「財源も、決裁も、保証も。
私が止まれば、全部止まる形」
アレクシスが即座に言う。
「それは危険すぎる」
「うん、危険」
あっさり認める。
「でもね、逃げ道があると、人はそこを突かれるの」
リュシアンが、壁際から一歩前に出た。
「つまり……」
「そう」
セレスティアは笑った。
「私を止めたら、全部が目に見えて止まる。
誰が何をしたか、はっきり分かる」
マリエルがため息をつく。
「悪女のやり方ね」
「褒め言葉?」
「ええ、たぶん」
午後、王城の回廊で早速、動きがあった。
中立派と呼ばれていた貴族が、遠回しな忠告を投げてくる。
「公爵令嬢、少し控えたほうが身のためでは?」
セレスティアは微笑みを崩さない。
「心配ありがとう。
でも、控える予定はありませんの」
その噂は、すぐに広がった。
公爵令嬢は、引かない。
悪女を名乗り、矢面に立つ気だと。
その夜、リュシアンが静かに口を開いた。
「後悔してない?」
セレスティアは考え、正直に答える。
「ちょっとだけ。
でもね、後悔しない選択って、だいたい面白くないのよ」
彼は苦笑する。
「命がかかってる場面で言う台詞じゃない」
「だからこそ、言うの」
セレスティアは窓の外を見た。
曇り空の向こうで、雷が遠く鳴る。
「相手は、私が逃げるのを待ってる。
譲歩して、裏で折れるのを」
振り返り、まっすぐ彼を見る。
「でも私は、逃げ道を作らない悪女よ」
リュシアンは一瞬、黙り込み、それから静かに言った。
「なら、逃げ道の外側は、僕が塞ぐ」
その言葉に、胸の奥がじんと温かくなる。
「頼もしいわね」
「今さらだろ」
その直後、扉が叩かれた。
急使の声。
「報告です。
旧都市連盟が、正式に声明を出しました」
アレクシスが即座に反応する。
「内容は?」
「公爵令嬢セレスティアの行動は、王都の安定を脅かす。
よって、連盟として距離を置く、と」
ルシアが顔を青くする。
「距離を置くって……」
セレスティアは、静かに立ち上がった。
「分かりやすくなったわね」
視線は揺れていない。
「これで、誰が表に出てきたか、はっきりした」
嵐は、もう避けられない。
けれど、悪女は立ち止まらない。
逃げないと決めた瞬間から、
戦いは、すでに始まっていた。




