第58話「招かれざる客は、正面から来る」
その知らせは、朝食の紅茶が冷める前に届いた。
「面会の申し込み?」
セレスティアは封書を指で弾き、眉を上げる。
差出人は、聞き覚えのない商会名。
けれど同封された紋章を見た瞬間、マリエルが息をのんだ。
「……評議会にも属さない、旧都市連盟の印」
アレクシスが低く言う。
「来たな。裏からじゃない」
ルシアが不安そうに立ち尽くす。
「正面から、って……大丈夫なの?」
セレスティアは椅子に深く腰掛け、にやりと笑った。
「ええ。むしろ助かるわ。
遠回しなのが一番、疲れるもの」
面会は、王城の応接間で行われた。
警戒は最大。けれど、あえて威圧はしない。
相手が何を狙っているのか、見極めるため。
扉が開き、入ってきたのは三人。
先頭の男は、穏やかな顔立ちをしていた。
「初めまして。旧都市連盟代表、ラザルと申します」
深い礼。完璧な所作。
セレスティアは顎に手を当てる。
「わたくしの噂は、ご存じ?」
「ええ。とても」
ラザルは微笑む。
「悪女にして、調整役。
恐れられ、信頼され、扱いづらい存在」
「褒め言葉として受け取っていいかしら」
「もちろん」
会話は、柔らかく始まった。
「本題に入りましょう」
ラザルは手を組む。
「我々は、井戸の存在を知っています。
そして、その管理が不安定になったことも」
空気が一段、冷える。
アレクシスの視線が鋭くなり、ルシアが息を呑む。
リュシアンは、セレスティアのすぐ後ろに立った。
「で?」
セレスティアは、驚いた様子も見せない。
「協力を申し出たい」
「協力」
「ええ。あなた方は守る側。
我々は、使う側の知識を持っている」
マリエルが即座に言葉を挟む。
「使う、という表現は穏やかじゃないわね」
ラザルは肩をすくめる。
「現実的、と言ってほしい。
門や井戸は、災厄でもあり、資源でもある」
その言葉に、セレスティアの目が細くなる。
「つまり、取引?」
「そうです。
管理を共有し、利を分け合う」
しばしの沈黙。
セレスティアは、ゆっくりと立ち上がった。
「残念だけど」
一歩、前へ。
「その手の話、わたくしには向いていないの」
ラザルは眉を動かす。
「即断は、損をしますよ」
「いいえ」
セレスティアは微笑んだ。
「わたくし、悪女ですもの。
信用を売って、力を貸す趣味はありません」
室内の空気が張りつめる。
「では、脅しに切り替えると?」
ラザルの声が、ほんの少しだけ低くなる。
その瞬間、リュシアンが一歩前へ出た。
「おすすめしない」
短い言葉。
けれど、重みがあった。
セレスティアは手を上げ、彼を制する。
「大丈夫」
そして、ラザルを見据えた。
「交渉は終わり。
ただし、忠告は聞いてあげる」
「……忠告?」
「次に来るときは」
セレスティアは楽しそうに言った。
「正面からじゃなくて、覚悟を決めて来なさい。
半端な野心は、嫌いなの」
ラザルは数秒、彼女を見つめ、やがて深く頭を下げた。
「なるほど。噂以上だ」
三人はそのまま去っていった。
扉が閉まった瞬間、ルシアがへたり込む。
「心臓に悪い……」
アレクシスが短く息を吐いた。
「敵だな。はっきりした」
マリエルは考え込む。
「でも、引いたわ。今は」
リュシアンが、セレスティアを見た。
「強気すぎる」
「今さら?」
彼女は肩をすくめる。
「相手が正面から来たなら、
こちらも正面で叩き返すだけ」
窓の外では、雲がゆっくり流れている。
嵐の前触れのように。
悪女の評判は、また一段階、更新された。
協力しない。媚びない。
けれど、逃げもしない。
その姿勢が、次に何を呼ぶのか。
答えは、もう遠くない。




