第56話「悪女の名で、矢面に立つ」
翌朝、王城の会議室は早くから満席だった。
評議会の臨時招集。理由は一つ。
公爵令嬢セレスティア・ヴァルディエの独断専行について。
当人はというと、いつも通りの優雅な足取りで扉を開けた。
「おはようございます。
今日はわたくしの噂話を、公式に楽しむ会だと伺いましたわ」
ざわ、と空気が揺れる。
正面に座る重鎮の貴族が、咳払いをした。
「軽口は控えていただきたい。
あなたの行動が、王都の均衡を乱しているという指摘が出ている」
「まあ」
セレスティアは首をかしげる。
「乱しているのは、均衡ではなく、皆さまの想像力では?」
アレクシスが一瞬、天井を仰いだ。
止めたい気持ちと、止めても無駄だという諦めが混じった顔。
「公爵令嬢」
別の貴族が続ける。
「あなたは慈善、視察、調整と称し、広範囲に影響力を持ちすぎている。
そのすべてが善意だと言い切れる根拠は?」
セレスティアは、にこりと笑った。
「ありませんわ」
一斉にどよめく。
「善意かどうかなんて、結果論ですもの。
わたくしは、面倒そうな案件に首を突っ込んで、
勝手に判断して、勝手に動いているだけ」
「それが問題だと言っている!」
声が荒がる。
セレスティアは一歩前に出た。
「では聞きますけれど。
わたくしが手を出さなかった場合、
それらの案件は、どなたが片付けていました?」
沈黙。
資料がめくられる音だけが響く。
「誰も手を出さないなら、停滞する。
停滞すれば、困る人が出る。
だからわたくしが動いた。それだけですわ」
重鎮が眉をひそめる。
「つまり、あなたは自分を必要悪だと?」
「悪で結構」
即答だった。
「嫌われ役、得意ですの。
感謝も拍手も、正直どうでもいい」
リュシアンは壁際で、その横顔を見つめていた。
強気な言葉の奥に、無理をしている気配がある。
「ただし」
セレスティアは声を落とす。
「わたくし以外の人間を、裏で操っているなどという話は否定します。
決定はすべて、わたくし一人のもの」
マリエルがすっと書類を差し出した。
「証拠、揃ってます。
署名も、指示系統も、すべて公爵令嬢名義」
会議室が静まり返る。
それは、守りでもあり、刃でもあった。
「……なるほど」
最初に口を開いたのは、王太子アレクシスだった。
「つまり、彼女を罰するなら、成果ごと否定することになる」
視線が集まる。
「それで困るのは、誰だ?」
誰も答えなかった。
しばらくして、重鎮が疲れたように息を吐く。
「……監督権限を制限する。
代わりに、公式な責任範囲を与える」
セレスティアは軽く目を見開いた。
「まあ。首輪付き、ということかしら」
「好きに解釈するといい」
会議は、ひとまずそれで終わった。
廊下に出た瞬間、セレスティアは壁にもたれた。
「……はあ」
ルシアが駆け寄る。
「セレ、大丈夫?」
「ちょっと、気合入れすぎただけ」
そう言いながら、足元が少しふらつく。
次の瞬間、支えたのはリュシアンだった。
「無理しすぎ」
「見てた?」
「全部」
彼は低い声で続ける。
「悪女を演じるのは得意でも、
一人で背負う癖は、まだ直ってない」
セレスティアは小さく笑った。
「だって、慣れてるから」
「それ、強さじゃない」
静かな否定だった。
彼女はしばらく黙り込み、やがて呟く。
「……でもね。今日のは、必要だった」
「わかってる」
「私が前に出れば、他の人は守れる」
リュシアンは少しだけ力を込めた。
「それでも、支えは要る」
その言葉に、胸の奥がじんとする。
「ありがとう」
短い一言。
それだけで、仮面の重さが少し軽くなった。
窓の外では、王都がいつも通り動いている。
噂はまだ消えない。
敵も、まだ姿を見せない。
それでも。
悪女の名を引き受けたことで、
確かに一歩、前へ進んだ。
セレスティアは背筋を伸ばす。
「さあ。
次は、どんな誤解を背負おうかしら」
舞台の終幕にはまだ少し遠かった。




