第54話「完璧な悪事計画(なお成功しない)」
セレスティアは机に向かい、真剣な顔で紙に向かっていた。
羽根ペンが走るたび、文字が勢いよく並んでいく。
「よし……これで完璧」
書かれていたのは、堂々たる見出し。
――王都を混乱に陥れる、優雅で無害な悪事計画――
ルシアが背後から覗き込み、眉をひそめる。
「セレ……“無害”って書いてある時点で、もう悪事じゃなくない?」
「そこがポイントなの」
セレスティアは得意げに振り返る。
「直接迷惑をかけると怒られるでしょう?
だから、ちょっとだけ誤解を生む行動をして、私の評判を下げるのよ」
「評判、下がるかなあ……」
計画はこうだ。
貴族向けの慈善茶会に出席し、
高級茶葉をわざと取り違え、
味の薄い庶民向けの茶を出す。
そして一言。
「やっぱり庶民の味って、落ち着きますわね」
完璧な嫌味。
これで多少は反感を買えるはず。
「どう考えても、炎上しそうでしない気がする」
ルシアの不安をよそに、セレスティアはやる気満々だった。
当日。
茶会は予想以上に盛況で、貴族令嬢たちの笑顔が並ぶ。
セレスティアは計画通り、給仕役に茶葉を渡し、何食わぬ顔で席についた。
一口。
「……うん、薄い」
予定通り。
セレスティアは顔を上げ、周囲に聞こえる声で言った。
「やっぱり庶民の味って、落ち着きますわね」
一瞬の静寂。
来た。
これは来た。
と思った次の瞬間。
「まあ、なんて謙虚なの!」
「高級茶に慣れていても、素朴な味を尊ぶなんて……」
「やっぱり心が違うのね」
称賛の嵐。
セレスティアは固まった。
「……え?」
隣の令嬢が感動したように手を握る。
「わたくし、真似してみますわ。格式に縛られない姿勢、大切ですものね」
その場で流行が生まれた。
庶民茶ブーム。
給仕が慌てて走り回り、茶葉が足りなくなる。
セレスティアは遠い目になった。
「どうして……」
その様子を壁際で見ていたリュシアンが、肩を震わせている。
「……はは……」
「笑わないで」
「無理」
彼は小声で続けた。
「君、悪事の才能がなさすぎる」
「褒めてないわよね」
「最大級の評価だよ」
茶会が終わる頃には、
セレスティアは「身分差を超えた感性の象徴」みたいな扱いになっていた。
控室に戻った瞬間、彼女は椅子に崩れ落ちる。
「失敗した……」
ルシアが苦笑する。
「でも、セレらしいよ」
「らしくない成功はいらないの」
そこへアレクシスが顔を出した。
「今日の茶会、評判がいい。
各家から共同支援の申し出が来ている」
「聞きたくなかった」
セレスティアは机に突っ伏す。
「次は、もっと悪いことをする」
リュシアンが即座に言った。
「やめたほうがいい」
「なんで」
「被害が王都全体に及びそうだから」
セレスティアは顔だけ上げて、にやりと笑った。
「つまり、注目は集まるってことね」
「そういう意味じゃない」
そのやり取りを見て、ルシアはくすっと笑った。
重たい陰謀も、見えない敵も、確かに存在している。
けれど今は、少し肩の力を抜いていい。
セレスティアは確信していた。
自分が動けば、たとえ悪事のつもりでも、
物語は勝手に転がっていく。
「次はもっと上手くやるわ」
そう宣言した公爵令嬢の次の失敗を、
誰もがどこかで楽しみにしているのだった。




