第53話「悪役令嬢、原点に立ち返る」
王城の自室で、セレスティアはベッドに倒れ込んだ。
「……あーもう!」
クッションに顔を埋め、足をばたつかせる。
ここ最近、やることは多いし、責任は重いし、なにより空気が真面目すぎる。
井戸。門。陰謀。世界の均衡。
大事なのはわかってる。でも。
「わたくし、悪役令嬢だったはずなのに!」
勢いよく起き上がり、鏡の中の自分を睨む。
「断罪される予定で、嫌われ役で、勘違いで株を上げる存在でしょう!?
どうして国家案件の調整役みたいになってるのよ!」
鏡の中の公爵令嬢は、完璧な微笑みを浮かべていた。
その自分が、なんだか悔しい。
ノックの音がして、ルシアが顔を出す。
「セレ、王太子殿下がお呼びです。至急って」
「……嫌な予感しかしない」
応接室に向かうと、アレクシスだけでなく、なぜか貴族が数名集まっていた。
しかも全員、やたらと改まった顔。
セレスティアは反射的に背筋を伸ばす。
「これは……断罪イベント?」
一瞬、室内が静まり返る。
アレクシスが咳払いをした。
「違う。今日は……その、誤解を解く場だ」
「誤解?」
年配の貴族が一歩前に出る。
「公爵令嬢。あなたが最近、裏で人を操り、王城の意思決定に影響を与えているという噂がありましてな」
来た。
セレスティアの中で、何かがカチッとはまった。
「操ってませんわ」
即答した。
「勝手に転がって、勝手に良い結果が出てるだけです」
貴族たちがざわつく。
「それはつまり……」
「偶然です」
セレスティアは胸に手を当て、はっきり言った。
「わたくし、悪いことをしようとして失敗する天才ですの。
陰謀を張れば救国、嫌味を言えば称賛、罠を仕掛ければ感謝。
そんな器用なこと、狙ってできません」
沈黙。
次の瞬間、誰かが吹き出した。
それを皮切りに、室内の緊張が崩れる。
「……なるほど」
「噂通りだな」
「いや、噂以上かもしれん」
アレクシスは頭を抱えた。
「セレスティア、もう少し言い方というものが」
「事実でしょう?」
胸を張ると、扉のそばにいたリュシアンが、こらえきれずに笑った。
「君、ほんとに変わってない」
セレスティアは振り返る。
「褒めてる?」
「褒めてる。ものすごく」
その言葉に、胸の奥が少し軽くなる。
年配の貴族が深く頭を下げた。
「失礼しました。どうやら我々は、あなたを買いかぶりすぎていたようだ」
「ほどほどでお願いします。重たい役、苦手ですの」
場は和やかに解散となった。
応接室を出たあと、リュシアンが隣を歩く。
「さっきの、わざとだろ」
「半分は本音」
セレスティアは肩をすくめる。
「みんなが私を怖がると、話がややこしくなる。
だったら、先に変な人だって思わせたほうが楽」
「悪役令嬢らしい選択だ」
「でしょう?」
二人は顔を見合わせ、同時に笑った。
その瞬間、セレスティアは確信した。
重たい話だけじゃ、前に進めない。
勘違いと勢いと、少しの恋心。
それが、この物語の軸だったはず。
「ねえ、リュシアン」
「なに?」
「次は、もう少し派手に悪事を働こうと思うの」
「……それ、絶対ろくな結果にならないよね」
「そこがいいのよ」
セレスティアは楽しそうに微笑んだ。
世界の裏側はまだ不穏で、敵も消えていない。
それでも彼女は、原点に戻った。
断罪されたい悪役令嬢として。
今日もきっと、盛大に失敗するために。




