第52話「善意という名の火種」
王城の正門前は、朝から人であふれていた。
孤児院支援のための公開寄付と視察。名目は穏やかで、誰もが参加しやすい。
だからこそ、噂の渦中にいるセレスティアが姿を見せるには、これ以上ない舞台だった。
「……人、多すぎない?」
ルシアが小声で言う。
「想定内よ」
セレスティアは微笑みを崩さない。
集まる視線は好奇と期待、それから少しの警戒。
どれも、慣れ始めていた。
アレクシスは人混みの縁で周囲を睨み、マリエルは台帳を抱えて忙しそうに動いている。
リュシアンは一歩後ろで、セレスティアの歩調に合わせていた。
「緊張してる?」
彼女が囁くと、リュシアンは小さく首を振る。
「君が前に立つと、場が落ち着く。不思議だ」
「不思議なのは、私の評判が勝手に膨らむところよ」
軽口の裏で、彼女は空気の違和感を探っていた。
視線の中に、ほんの一瞬だけ冷たいものが混じる。
善意の集まりほど、火種は潜みやすい。
壇上での挨拶は短く済ませた。
感謝を述べ、寄付の用途を具体的に伝え、あとは現場を見る。
飾らない進行が、逆に信頼を呼ぶ。
孤児院の中庭で、子どもたちが集まってきた。
笑顔がはじけ、拍手が起きる。
「おねえちゃん、ほんとに聖女さま?」
無邪気な声に、セレスティアは屈んだ。
「ちがうよ。ただの、転びやすい人」
子どもはきょとんとして、それから笑った。
その瞬間、場の空気がやわらぐ。
だが、次の瞬間だった。
「お言葉ですが」
人垣の向こうから、落ち着いた声が上がる。
年配の男。衣服は整い、立ち居振る舞いも丁寧。
しかし、視線は鋭かった。
「寄付の流れが不透明だという声もあります。
力を持つ者が、善意を盾に影響力を広げるのは、危険では?」
ざわり、と波が立つ。
ルシアが息を呑み、マリエルが一歩踏み出しかける。
アレクシスの手が剣の柄に触れた。
セレスティアは、手で制した。
「ご指摘、ありがとう」
声は落ち着いていた。
「だから今日は、台帳を公開します。
用途、管理者、期日。全部ここに」
マリエルが即座に台帳を開き、要点を示す。
数字は整い、説明は簡潔。
疑念の逃げ場は少ない。
男は一瞬、言葉に詰まった。
それでも引かない。
「では、あなた個人の関与は?」
セレスティアは立ち上がり、男をまっすぐ見た。
「監督だけ。運営は第三者。
私が手を出すのは、滞ったときだけ」
「なぜ、そこまで?」
問いは鋭い。
答え次第で、英雄にも独裁者にもなる。
セレスティアは少し考え、正直に言った。
「噂が広がると、動ける人が動けなくなる。
なら、私が前に出る。
矢面に立つ役が必要なら、慣れてる私がやる」
一拍の沈黙。
次に起きたのは、拍手だった。
最初はまばらに、やがて大きく。
男は深く頭を下げ、人垣に戻っていった。
リュシアンが小声で言う。
「……見事だね」
「まだ途中」
セレスティアは視線を巡らせる。
冷たい視線は消えていない。
ただ、表に出せなかっただけ。
そのとき、マリエルが囁いた。
「今の質問、用意されてた。
誰かが、火をつけようとしてる」
アレクシスも頷く。
「だが、失敗した。
次は、もっと分かりやすい手で来る」
セレスティアは子どもたちの笑顔に目を戻した。
「善意は、扱いを間違えると燃える。
でも、消し方も知ってる」
彼女は立ち上がり、次の視察へ歩き出す。
噂はまだ消えない。
敵も、引かない。
それでも、今日は一歩、盤面を動かした。
前に出る覚悟が、火種を光に変えることもある。
そのことを、彼女はもう知っていた。




