第46話「三つめの井戸が眠る場所」
王都の地図を前にして、マリエルは眉間にしわを寄せていた。
セレスティアたちは塔の跡地から戻るとすぐ、拠点の一室に集まり、三つめの井戸のありかを探っている。
部屋の空気は張り詰めていたけれど、不思議と焦りだけじゃない。どこか、掴めそうな感覚が漂っていた。
マリエルが地図の端を指でとんとん叩く。
「古い井戸って、大抵は軍の地下施設とか、宗教の旧区画と繋がってることが多いの。でも、一つだけ妙な場所がある」
アレクシスが身を乗り出す。
「妙?」
「王都の中心広場の下。観光客も多いところ。でも、地下に“空間保全区域”があるって噂が昔からあるのよ」
ルシアが首をかしげる。
「空間保全区域って、ただの倉庫とかじゃ?」
マリエルはゆっくり首を横に振った。
「誰も出入りしてないのに、国の台帳にはずっと“維持中”って書かれてる。しかも、二十年前に一度だけ大規模な封印魔術の更新が行われてる」
セレスティアの心がざわりと揺れた。
封印。更新。二十年前。
リュシアンの家の過去とも、どこか響き合う言葉。
アレクシスが腕を組み、低い声で言う。
「王都の広場を直接調べるのは目立つな。衛兵に捕まれば、俺たちは理由を説明できない」
セレスティアは小さく笑う。
「でも、広場って祭りの準備でごった返してる時期よね? 人に紛れるにはちょうどよくない?」
ルシアが目を丸くした。
「セレ、そういう発想だけは本当に早いよね…!」
アレクシスは苦笑しながらも、反論はしなかった。
「潜るなら夜だ。祭具の搬入が増える。混乱に紛れれば、地下入口くらい探れる」
マリエルが少し迷いながら口を開く。
「ただ、問題があるの。もし封印がまだ生きていたら…接触した瞬間に反応する可能性がある。誰かの魔力を検知するように設定されてるかもしれない」
セレスティアは地図を見ながら静かに言った。
「大丈夫。触れるのは私じゃない」
全員の視線が一斉に向けられた。
セレスティアは困ったように笑う。
「リュシアンの笛の芯が残ってたでしょ? 彼の魔力の癖、微量だけど残ってるはず。もし封印が“持ち主の魔力”だけ通すように調整されてるなら…」
アレクシスが半分あきれ、半分感心したように目を細めた。
「つまり、お前はそれを鍵として使う、と」
「そうなるかな」
ルシアが胸を押さえる。
「セレ、ほんとに行く気全開じゃん…」
セレスティアの決意は揺らがなかった。
夜になった。
広場では祭りの準備が続き、木箱や布に包まれた飾りが行き交っている。人の声や笑い声、職人の怒鳴り声。どれも紛れ込むには都合がよかった。
アレクシスが先導し、マリエルとルシアが周囲の気配を読む。
セレスティアはポケットの中の金属片をぎゅっと握りながら、広場の中央へ。
「そこ、開くの?」
ルシアが小声で聞く。
「地図によると、この石畳の下に空洞があるの。たぶん、ここ」
マリエルが合図を送り、アレクシスが素早く足元の石を押し込む。
かすかな振動とともに、石畳の一部が沈み、薄い継ぎ目が現れた。
セレスティアは小さく息を吸い、金属片を継ぎ目に沿ってそっとかざす。
すると—
ごう、と風が吸い込まれるような音がし、石が静かに割れ、地下へ続く暗い穴が姿を見せた。
ルシアが悲鳴を堪えて口を押さえる。
「本当に開いた…!」
マリエルの表情が僅かに強張る。
「セレ、気をつけて。封印の“残り香”がまだある。誰が触れても開くように見えて、実際はこの金属片のおかげよ」
アレクシスが剣に手を添え、セレスティアにうなずく。
「行こう。もう戻れない。ここが三つめの井戸で間違いない」
セレスティアは暗闇の先を見つめた。
感じる。強い気配。何かが深部で息づいている。
ゆっくりと階段を下りはじめた。
リュシアン。
あなたの選んだ場所に、やっと届くよ。
そして、最後の段を踏んだ瞬間——
奥の闇が揺れた。
誰かの影が立っていた。
呼吸が止まる。
その影はゆっくりとこちらへ顔を向けた。
「来ないでほしかった、セレスティア」
その声を、セレスティアは誰より知っていた。
リュシアンだった。




