第45話「崩れた塔の跡に、残されたしるし」
塔が崩れた翌朝の空は、昨日より少しだけ明るかった。けれど、胸の中にのしかかる重さは晴れてくれない。セレスティアは寝不足のまま中庭を歩き、冷たい朝の空気で気持ちを落ち着けようとする。
リュシアンが「自分で沈んだ」と影の人物は言った。本当にそれを信じていいのか、まだ心がついてこない。
ルシアが慌てて駆けてきた。
「セレ! マリエルが、塔の跡地で変なものを見つけたって!」
セレスティアの眠気は一瞬で吹き飛んだ。
塔の跡地では、マリエルが瓦礫を掘り返しながら真剣な顔をしていた。アレクシスも隣で、警戒しつつ様子を見守っている。
「何を見つけたの?」
セレスティアが尋ねると、マリエルは手袋にまみれた土を払って、小さな欠片を差し出した。
「これ、見て」
光を浴びたそれは——笛の細工と同じ種類の金属片だった。ただし、これは折れたわけでも壊れたわけでもない。鋭く、意図的に削られた跡がある。
「符号用の笛の“芯”。しかも、折ってない。完全に形を変えてある」
マリエルは眉をひそめる。
「これ、普通の連絡断ちじゃないよ。『外と繋がる気を一切見せない』って意思表示の細工」
セレスティアの胸がざわめいた。
「…リュシアン、何をしているの」
アレクシスが静かに問いかける。
「これがリュシアンの物だという確証は?」
マリエルは首を横に振る。
「断言はできない。でも、彼が使っていた符号表の細工と癖が似てる。作り手が同じか、近い技術の集団」
セレスティアは欠片を握りしめ、目を閉じる。昨日の影の人物の声、消えた瞬間の空気、そして——リュシアンの筆跡で残された巻紙。
「彼、私たちに“追うな”って言った。でも、まるで反対のことをしてる気がする」
アレクシスが頷く。
「本音を隠しつつ助けようとする奴は山ほどいる。だがリュシアンは、そんな器用な男じゃないだろう?」
セレスティアは苦笑した。
「そうね。隠すくらいなら、不器用に怒ってくるでしょうね」
その時——瓦礫の下から、紙片のようなものがひらりと舞い上がった。
ルシアが手早く拾い上げる。
「何か書いてある…!」
紙は半分焼け焦げていたが、文字の一部が残っていた。
“……井戸は三つ……
……触れるな……
……影ではない、根……
……彼は……守る……”
四人が息を呑んだ。
「三つの井戸?」
マリエルがつぶやく。
「塔の地下がその一つ…森の西がもう一つ……じゃあ、あと一つは?」
アレクシスは険しい顔で紙を見つめながら言う。
「根という言葉が気になる。影より深い層…組織の“中枢”か?」
セレスティアは紙を見つめたまま、ゆっくりと息を吸った。焦げた匂いと土の匂いが混ざり、胸に深く残る。
「リュシアンは、井戸の一番深いところに辿り着いたのね」
ルシアが不安そうに見上げる。
「じゃあ彼、危ないところに…」
セレスティアは決意を浮かべた瞳で仲間を見た。
「危ない場所なら、なおさら行くしかない。彼は私たちに手を出すなと言ったけど…」
言葉を少しだけ切り、
「でも、私が黙って家で待つタイプに見える?」
全員が、ほんの少し笑った。
アレクシスが剣の柄に手を置き、真剣な声で言う。
「動くなら全力で守る。もう、敵はこっちを本気で潰す気で来ている」
マリエルも地図を広げ、次の手を探りはじめた。
「三つめの井戸……王都のどこかにあるはず。隠すなら、むしろ人目の多い場所かも」
セレスティアは空を見上げる。
「待ってて、リュシアン。次は必ず掴むから」
重く垂れ込めていた雲の間から、一筋の光が差し込んだ。




