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どうあがいても悪役令嬢になれません! ~わたくし、完璧な悪事を働いているはずなのに、なぜか聖女と崇められて断罪フラグがへし折られていく件~  作者: 和三盆


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第37話「祝祭の昼、紐を断つ瞬間」

朝から街は忙しない。幟が風に躍り、屋台の煙が軽やかに立ち上る。子どもたちの声が広場に連なり、人々の顔に久しぶりの安らぎが戻っている。祭の準備を見て回るうち、セレスティアは胸に熱いものを感じる。守ろうとしているのは、ただの秩序ではなく、日々の暮らしそのものだ。


「今日は油断しないで」アレクシスが低く囁く。軍の動きはいつもより慎重で、見えないところに配置が伸びている。セレスティアは軽く頷き、ルシア、サミュエル、マリエルとともに最終確認を進める。リュシアンはいつものようにどこからか現れ、薄笑いだけを残して隣の屋台を覗いている。彼の存在は安心にも焦りにもなる。


作戦は二重。表向きは祭の運営補助として民衆を誘導しながら、各所に潜む受け渡し手と合図手を順に潰していく。裏側では、サミュエルとマリエルが舞台裏で集めた証拠を元に、祭の中心となる広場への接近路を封鎖する。だが、何より重要なのは民の安全。誰も気づかないように混乱を最小限にする必要がある。


正午、祝祭は最も賑わいを見せていた。曲芸師の妙技に歓声が上がり、子どもたちは綿菓子に夢中になっている。セレスティアは見せかけのにぎわいの中で、視線を鋭く巡らせる。笛の一声を聞き逃さないよう、耳を澄ます。もし合図が鳴れば、各所で同時に動きが起こるはずだ。


一方で、彼女の胸には小さな不安もある。これまでに集めた証拠は確かなものに見えるが、核心にはまだほんの一枚、ピースが足りない。誰かがそれを守っているように、指示系統が巧妙に守られている。祭の日を狙ったのは、まさにその「見えにくさ」を利用するためだろう。


その時、舞台の袖で小さく笛が鳴る。ごく短い音。セレスティアの体が反応する。周囲はまだ平穏を保っているが、彼女はすぐにアレクシスの方へと合図を返す。護衛たちが瞬時に位置を変え、舞台裏や荷物置き場へと向かう。だが、今回の音は微妙に変則的で、これまで捕らえた合図とは違うニュアンスを含んでいる。


「合図の音色が少し変わっている」マリエルが小声で言う。彼女は耳に手を当て、笛の余韻を追う。微かな金属の鳴り、吹き手の癖、息の長さ。全てが手掛かりになる。サミュエルは広場の隅へと歩を進め、いつもの目線で周囲を洗う。


混乱を最小限に保ちながら、数か所で受け渡しの動きが抑えられる。だがその中に、明らかに手慣れた手つきで箱を扱う一団の姿があった。黒い外套、動きは素早く、合図に合わせて行動している。セレスティアは彼らを囲むように隊を差し向け、偶然を装いながら接近する。


一瞬の押さえが入り、何人かが取り押さえられる。箱を開けると、中は偽の寄付書類や、既に改竄された小さな帳票が詰まっていた。だが驚きはまだ残る。箱の底に忍ばされた細い紐、色と結び方に見覚えがある。あの紐の配列は、中心からの指示を受けて各所へ振り分けるための仕組みだった。


取り押さえられた者の一人が、震える声でつぶやく。「合図は、午前に出した小さな音とは別の“印”からだった。『中心』が指示を出したんだ」その言葉は重い。だが中心の正体はまだ不明のまま。民衆の目の前で仰々しく断罪するわけにはいかない。まずは確実な証拠で網を縮める必要がある。


場が一瞬ざわつく。そのとき、舞台の向こうで小さな騒ぎが起きる。主催側の役員が急に顔色を変え、誰かを呼び寄せる。セレスティアは直感で動き、騒ぎの中心へと向かう。そこへたどり着いた瞬間、彼女の視界に入ったのは――見慣れた侍女の姿だった。マルティナが誰かの書類を手にして、震える手で立っている。


「マルティナ?」セレスティアが声をかける。侍女の目は恐怖で揺れ、だが同時に確かな意思が宿っている。彼女は小さな紙を差し出した。その紙には、女王の署名に似せた文言と共に、具体的な送付先が列記されていた。だが字体の癖が、以前セレスティアが見せてもらった偽造のサンプルと一致している。


「これは……」マルティナは息を整え、低い声で打ち明ける。「私は、陛下のためだと言われて運んだ。けれどある日、封印の向こうに別の指示が紛れていました。私は見て見ぬふりをしてきた。でも今日は、もう黙っていられなくて」


その告白が場を静かにする。侍女の告白は単なる告発ではなく、内部の複雑さと人の苦悩を浮き彫りにする。彼女の証言と、取り押さえられた者たちの証言を合わせれば、中心はもう少しだけ輪郭を得られるはずだ。だが真相に触れるには、慎重さと速さが両方求められる。


そこでセレスティアは即座に判断する。公衆の前での大演説を選ばず、まずは密室での照合を優先する。理由は簡単。大がかりな断罪は波紋を残す。今日、ここで無理に核心を曝せば、被害者が増えかねない。彼女は短く頭を下げ、アレクシスに耳打ちする。


「資料を押さえたら、まず王にだけ提示して。公開は安全と補償が保証できる段階で」

アレクシスは頷き、サミュエルに指示を飛ばす。護衛たちが確保した箱や書類は迅速に運び出され、王宮の特別室へと運ばれる。民の間には一瞬の不安が走るが、運営側の説明と臨時の補給で混乱は最小限に抑えられる。


午後の終わり、王宮の奥でごく限られた面々による照合が始まる。マリエルが蝋と紙の成分を顕微鏡で示し、サミュエルが帳票の筆跡を並べる。マルティナの手渡した紙と、北塔で取れたメモ、港で押さえた帳簿。複数の断片が重なり、ある「部署の略号」と一つの家の名に結びつく。そこまでは辿れた。


「ここから先は慎重にいこう」王が低く言う。表の政治的配慮も必要だが、今はまず事実関係を確かめるのが先だ。セレスティアは胸の奥で小さく息をつき、次の行動を整理する。核心に迫るための鍵は残っているが、まだ完全な証拠が揃ってはいない。動かせば、波は大きくなる。


夕暮れ、祝祭の余韻が街を包む中、セレスティアは広場に戻る。人々は笑いを取り戻しつつあり、子どもたちは夜の紙風船を空へ放している。彼女は自分たちの働きが直接的に誰かの生活を守ったのだと感じ、胸がじんわりと温かくなる。だが、同時にまだ解かなければならない結び目が残されている。


夜、リュシアンが静かに現れる。彼はいつものようにふらりと近づき、肩越しに広場を眺める。月明かりが二人を柔らかく照らし、夜の冷たさが少し和らぐ。


「見事な采配だった」彼が言う。口ぶりは軽いが、瞳の奥には本気の評価がある。

「まだ途中です」セレスティアは穏やかに答える。「今日の収穫は大きい。でも中心にはまだ手が届かない」


リュシアンは小さく笑い、薄い紙片を差し出す。そこには、昨夜見つかった箱の裏に残されたひとつの暗号が解かれた形で記されている。暗号は簡素で、だが意味深い。――「最後の鍵は、もうすぐ開く」。言葉は挑発に聞こえるが、どこか導くような響きもあって、二人は顔を見合わせる。


「わかっている」セレスティアは指先で紙を撫で、やがてポケットにしまう。「明朝から、新たな段取りを組みます。今回は、誰の手も傷つけない形で真相を出す」


リュシアンは肩をすくめて消える。夜風は静かに祭りの残り香を運び、灯は順々に消える。セレスティアは深く息を吸い、明日のために目を閉じる。守るべきもののために、まだ戦いは続くのだから。

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