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どうあがいても悪役令嬢になれません! ~わたくし、完璧な悪事を働いているはずなのに、なぜか聖女と崇められて断罪フラグがへし折られていく件~  作者: 和三盆


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第38話「開かれる扉、そして見えた影」

祝祭の余韻がまだ街角に残る朝。城はいつもより慎重な空気に包まれている。昨夜の収穫が確かな手応えを与えた一方で、核心にはまだ届かない。セレスティアはその「届かない」距離を、どう縮めるかを考え続けた。


朝の作戦会議は短く、しかし緻密だった。アレクシスは護衛の最終配備を示し、サミュエルは昨夜押さえた紐と箱の記録をまとめる。マリエルは笛の材質と修理痕の一覧をテーブルに広げ、ルシアは負傷者の回復具合と支援スケジュールを確認した。リュシアンは相変わらず軽やかに笑っているが、情報を一枚差し出してそれが真剣味を増す。


「昨夜の暗号、これが解けた。『最後の鍵は、北方の古い埠頭の旧倉庫に保管』──ただし、日付が一日ずれている。誰かが予定を変えた可能性が高い」リュシアンが淡々と告げる。


計画は素早く組まれる。旧倉庫へ向かうのは少人数の精鋭隊。目立たず入って証拠を確保し、もし相手が分かれば即座に封鎖する。だが最も重要なのは、無辜の人々を巻き込まないこと。これまでのやり方を踏まえ、セレスティアは慎重さを最優先に置く。


夕刻前に小さな船で埠頭へ向かうと、潮の匂いが強くなる。旧倉庫は薄い錆をまとい、扉の木目は風雨に揉まれていた。外見は無害だが、内部には多くの痕跡が眠る。セレスティアは護衛たちと共に静かに扉を開ける。暗がりの中、箱や木箱が整然と並び、その隙間に封蝋の破片や色紐が散らばっている。


「ここで動いていたのね」ルシアが小声でつぶやく。手袋越しに触れた蝋片が、昨夜のものと一致する。マリエルが顕微鏡代わりの小さなルーペを取り出し、慎重に一片を見比べると、顔に確信の色が差す。


「同じ工房の蝋だ。だがここに使われている印章は、少し加工が加えられている。――誰かが“本物らしさ”を意図的に作っている」マリエルの声が室内に柔らかく広がる。


箱の一つを開けると、中には整然と重ねられた紙束があった。束の上には目立たぬようにひとつの小さな鍵が置かれている。鍵には細かな刻みが入り、裏には誰かのイニシャルらしき痕跡が残る。名はすぐに判読できないが、鍵が「最後の鍵」であることは間違いない。


「これを持ち帰ろう」セレスティアが差し出すと、護衛の一人がうなずき、箱は慎重に封印されていく。だがその時、一つの扉の陰から足音がした。音は小さいが規則的で、誰かがこちらを確かめている。


「迎えが来たか」アレクシスが低く言い、護衛が周囲を固める。だが現れたのは敵意ではなかった。扉の陰から出てきたのは、昔この倉庫で荷番をしていた顔見知りの老船頭だ。顔に驚きが浮かぶ。


「お嬢様、こんな所で何を?」彼は手を掲げて無害を示すが、その手には震えがある。


老船頭は話し始める。ここ数か月、夜中に不審な荷がここへ運ばれ、表向きの記録と中身が違うことに気づいていた。自分は関与しないつもりで見て見ぬふりをしていたが、先日の炎で怖くなり、誰かに知らせたいと思っていたという。彼の告白は生々しく、同時に核心へ至る小さな手がかりを含んでいた。


「箱の出入りの記録を見てみな」老船頭が言い、暗い棚から古い出納帳を取り出す。文字はかすれているが、日付と時間、受取人の略号が書かれている。セレスティアはページを捲りながら、指先に確かなつながりを感じる。略号が、先日押さえた名簿と一致していく。


「この略号……王宮の物流課の旧担当に繋がっている」マリエルが息を呑む。物流課の旧担当――表向きは地味で、誰の目にも留まりにくい部署。だがここまで繋がると、内部の線がますます太く浮かび上がる。


荷物を運ぶ「実動部隊」は外部の者だが、その指示を出していたのは内部の人間らしい。問題は、その“内部の人間”が誰なのか、そしてなぜ彼らがこれほどまで手を伸ばすのか。動機を探るには、鍵の出所とイニシャルの持ち主を突き止める必要がある。


帰路、船上で鍵をマリエルが調べると、小さな機械仕掛けが浮かび上がる。鍵の刻みは単なる装飾ではなく、古い式の金庫を開けるための相互鍵列に一致する。相手は相当の準備をしている。だがその準備が目立ちすぎることで、また別の脆さも生まれる。セレスティアは拳を小さく握る。


城へ戻ると、王の小会議が開かれた。王は沈痛な顔をして資料に目を通し、やがて静かに言った。「我らの中に何らかの亀裂がある。だが無闇に掘り起こして民を不安に陥れてはならぬ。確かな証拠を持って裁きを進めよ」その言葉は重く、しかし正しい。セレスティアはうなずき、次の一手を考える。


夜、密やかな照合作業が続く。束の中に混ざった手紙の一枚が、やっと明快な筆跡を示す。筆跡は見覚えがある。それは、王宮の文書整理を長年取り仕切ってきたある官吏の癖に酷似していた。名は、口には出せないほどの重さを含む。ここまで来ると、単なる下級の悪事では終わらない。中心はもっと上の層まで届いている可能性が高い。


セレスティアは胸が締め付けられる。守るためと称して行われた行為が、どれほど多くの暮らしを揺るがしてきたかを、今さらながら思い知る。彼女は夜の窓辺に立ち、遠くの街の灯りを眺める。灯りの一つ一つが、守るべき顔だ。


「明朝、慎重に動きます」アレクシスが静かに言った。

「ええ。補償と保護の手順を整えた上で、正面から向き合いましょう」セレスティアは応じる。彼女の声には迷いがない。


その夜、寝床で手帳を閉じようとしたとき、薄紙が一枚滑り込むようにして床に落ちた。醒めた目で拾い上げると、そこに短い文がある――行書のように走った文字で、ただ一行だけ。


「準備ができしだい、真実は公にされる。お前の望んだ刃は、もう届く」


差出人はなく、筆跡は不明瞭。だが意味ははっきりしている。中心にいる者が、動き始めた。セレスティアは紙を握りしめ、窓の外の夜空へ向かって小さく息をついた。刃を交わす舞台は、とうとう目の前に開かれる。


守るべき人々の顔を思い浮かべ、彼女は静かに目を閉じた。明朝が来れば、新たな局面が始まる。恐れもあるが、やるべきことは一つ。真実を、そして人々を守ること。

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