窓際の給金箱
前回の薬を断ってから一週間が経った。
朝食後新しい薬がハルの目の前に置かれる。
「さぁ、今日からまた1週間お願いね。飲んでみて」
前回より濁りが少ない。
ハルは一口で一気に飲み切る。
「……どう?」
「前回よりは苦味がマシになったな」
「よしよし……。体調に変化があればすぐに言うのよー」
ティアはノートに何かを書いている。
ここでいつもなら彼女は研究室に行くはずが、何故か自室に戻っていったようだ。
不思議に思いながらハルは朝食後の食器を拭いていると、ティアはニヤニヤしながら後ろに何かを隠しながら近付いて来る。
「ハル、両手出して」
「は……?」
食器を置き、おずおずと手を出すとその手のひらに封筒がポンと置かれた。
「お疲れ様。初お給金よ」
すぐ実感が湧かないのかハルが反応するまで二呼吸分ほど間が開く。
「…お?おぉ。なんで今日なんだ?」
「薬を飲んで、休んでが2週間のサイクルだから、お給金もそれに合わせてみた」
少しニヤニヤしているハルの顔を下から覗き込む。
「嬉しい?」
「まぁ……人生で初めて給金なんて貰ったしな」
ティアも満足げに腕を組んでうんうんと頷いた。
「じゃあそういうことで、お昼から王都行くわよー!」
また急だなこの女は!とは思っても口には出さない。
代わりにやれやれと言いたげに首を振っておいた。
二人は二週間ぶりの王都に来ている。
一番の目当てはハルの給金箱。
雑貨屋に入った。
「これなんかいいんじゃない?」
ティアが持ってきたのは鉄製でできた鍵付きの箱。
見るからに頑丈だ。
「あのな、こんな重くて立派な箱使うのは早すぎだろ…。貯まるのに何年かかんだよ」
「それもそうかー」
「ちなみに、ティア様はどうやって管理してるんだ?」
持ってきた箱を元の位置に戻したティアは、上を見上げてしばらく考え込んでいた。
「……そのまま部屋とか研究室の棚に押し込んでる」
ハルは額に手を当てて黙るしかなかった。
伝説の魔法使い、研究者のくせに金の扱いは適当すぎるとか…。
「なにか言いたげな顔してるわね」
「……なんでもねーよ」
ちょっと何よーと言いながらポカポカと叩いてくるティアを無視して、ハルは一つの木箱に目を止めた。
両手を広げたほどの大きさで、周りには色とりどりのガラス細工が埋められている。
棚の上に置いたら陽の光が当たって綺麗だろうな…。
直感で決めた。
「これにする」
「ふーん…。綺麗だしハルらしくていいんじゃない?じゃ、買ってくるわね」
「いや、なんであんたが買うんだよ」
次はティアがハルを無視してさっさと会計を済ませてしまった。
店を出てハルに紙袋を差し出す。
「ん、今回だけよ。これ貯まったら次は自分で買いなさい」
「……おう。…ありがとよ」
露店が数多く並ぶ通りに来た。
「お昼ご飯、ここで食べ歩きしましょ。オススメの肉の串焼きがあるの」
人混みの間を縫ってティアはどんどん進んでいく。
すげー賑わいだな…。
人が多すぎる。
逸れないようにしないとな。
幸いティアの銀髪はとても目立つから助かる。
ティアに遅れないように背中を追いかけた。
串焼き、なんの魚かわからない塩焼き、果物に飴がかかったもの。
全部ハルには初体験だった。
正直童心に戻った気持ちになってワクワクしてる。
「なぁ、今日は何かのお祭りなのか?」
「いや?ここら辺だけ美味しくてすぐ食べれるものが集まってるから、すごく人気みたい」
あ!とティアが店の旗を指差す。
「ね、次あのお菓子食べよ」
「本当に、甘いもの好きだよな」
ハルは呆れながらもついていくし一緒に列にも並ぶ。
飯作り悩まなくていいし、たまにはいいかもなぁなんて思っていると、すぐ後ろから男の声がした。
「……ティアか?」
「あー!アーロットじゃん」
振り返ると、アーロットと呼ばれた男は金色の短髪にいかにも戦士らしい鎧を纏っていた。
背丈はハルと同じくらいか。
「ここで何してるんだ?」
「なにって、お昼ご飯食べ歩きしてる。ここで締めのデザートよ」
「それは楽しそうで何より。仕事が一区切りついたから、そろそろそっちへ顔を出そうと思っていたところだ。それより…」
アーロットは視線を隣のハルに向ける。
「そちらの方は?」
「話だけしたと思うけど、あのレイン•ハルよ。ハル、彼が勇者のアーロットよ」
あの……?
「…どうも」
ハルはペコリと頭を下げる。
「そうか、彼が…。思っていたより好青年じゃないか」
「まぁねー」
だから、なんであんたが誇らしげなんだよ!って突っ込みはアーロットがいるから黙っておく。
彼はハハッと爽やかに笑った。
「ちょうど一週間後、そっちに顔出すよ。ここは騒がしいからな、そのときにゆっくり話そうか」
「りょーかい。気をつけて来てねー」
アーロットは後ろ手でヒラヒラ振りながら人混みにに紛れていった。
なんか、思ったより普通の男って感じだったな……。
勇者って聞くと、こうもっと、取っ付きにくい印象が…。
ティアの後頭部を見下ろして、ハルは首を振った。
勇者一行というだけで硬派な印象を持つのは間違ってるな。
これも黙っとこう。
露店通りを抜けた静かな場所にある、植木の縁に座りティアは項垂れていた。
「食べすぎた……」
「言わんこっちゃない。ほら、水」
「うー、ありがとう」
ガラスのボトルに入った水をティアはグビグビ飲む。
隣にハルも座る。
逆にこの小さな体にあれだけの食い物入ったほうがすげーわ。
「もう帰るぞと言いたいがな、食料とコーヒーと紅茶だけ買い出し付き合ってくれ」
「そうだね…。せっかく来たし……。最近任せっきりだから、食材の買い出しも任せるわ」
先を歩くハルの後ろを、ティアはとぼとぼと付いていく。
適当に加工品や茶葉など買い足していくのを見て、ティアは少し離れたところからしみじみと感慨に耽っていた。
随分成長したなぁ。
だって、買ってあげたレシピ本にメモ挟んであるの知ってるもんねー。
ほんとに真面目男。
今から更に化けるのが楽しみだ。
「茶葉、何種類か買ってたのなんで?」
「何故って、アーロットさん達1週間後来るんだろ?……美味いお茶でも淹れられるようになるって言ったしな」
照れてるのか、ハルはあらぬ方を見ながら答える。
ティアはニヤニヤしながら、からかうように肘で小突いた。
ハルも分かってるのか何も反応しない。
「よし、ここに置くか」
ハルは買ってきた給金箱を自室の棚の上に置いた。
予想通り、窓から差し込む光が当たり色とりどりのガラス細工がきらきらと輝いている。
そして朝貰ったばかりの金貨を入れてみる。
「なぁ、ティア様。ちょっと見てみろよ」
扉から顔出してティアを呼ぶと、パタパタと足音を立てて駆け寄ってきた。
「なに?……あぁ、これね。確かにキレイね」
「だろ?なんか……。仕事って、楽しいな」
壁に寄りかかり腕を組んで、それを眺めているティアは穏やかに笑っていた。
出店って、いいですよね。
子供の頃はあれだけワクワクしてたのに、大人になればなるほど実情を知って、もう食べられなくなりました…。




