負けたくない
一人目、最初に拳を振り上げた男。
拳を躱し勢いを利用して背負い投げる。
背中から地面に叩きつけられる。
それを見た二人目の男が突進。
ラミアは横に躱しながら鳩尾に拳を打つ。
三人目の男は恐怖で懐から刃物を取り出し叫びながら切りかかって来るも、全てを躱して一瞬の隙をついて手首に手刀を落とし刃物が落ちる。
逃げようとするがラミアはそれを許さず襟足を掴み背面から押し倒し、なおも抵抗しようとする男の顔面を殴る。
報告書の内容を要約するとこうだ。
ここで俺たちは到着したようだった。
だから振り返った瞬間、一人の男が崩れ落ちたのか……
「うそだろ…」
読み返してもう一度愕然とする。
あんなに小さい女性が素手で男三人を、本当に叩きのめしている。
報告書によると、彼らは窃盗事件の犯人で間違いなく投獄され余罪も詳しく調べられているらしい。
「魔法使えなくても十分強いじゃねーかよ」
ハルは開いた封筒になるべく開けた痕跡がないように、より丁寧に報告書を戻した。
何故ティアはあの時誤魔化したのか理由は分からない。
ひとまず何も見なかった事にしよう。
うん、そうしよう。
あと、怒らせないようにしよう。
ハルは腕を組み何度も頷いた。
やがて夕方、ラミアは研究室から出てきた。
疲れた表情で椅子にどかっと座る。
「ハル〜、コーヒー淹れてちょうだい」
「分かった、すぐにやる」
「この封筒はなぁに?」
「昼過ぎ、王都の看守から使いが来たんだ。先日の女性を狙った窃盗事件に関する報告書だそうだ。ティア様をとお呼びだったが、研究中なので俺が預かった」
ふーんとティアは適当に封を開ける。
ハルは内心バレてないかドキドキしていた。
ざっと目を通して、ティアは報告書をテーブルに投げた。
バレたか…?
でもティアはもう興味がなさそうだ。
良かった、バレてないな……。
「看守はなんて?」
「報告書に相違がなければ一報欲しいそうだ」
「仕方ないわね…紙とペンをちょうだい」
言われた通りに渡し、淹れたての熱いコーヒーも同時に置く。
ティアはさらさらっと何かを書いて、窓を開けて指笛を吹いた。
やがて、一羽の鴉が窓に舞い降りる。
その足首に手紙をくくりつけた。
「監獄に行きなさい。よろしくね」
先ほどとは違う音色の指笛を吹くと、鴉は飛び去った。
「ティア様、今のは…」
ティアはニヤリと笑った。
「凄いでしょ、王都と繋ぐ極秘の伝書鴉よ。あの鴉は調教済みで、指笛の音を聞き分けて届け先を判断しているの。あなたにもそのうち使えるように教えるわね」
「ふーん…。そんなのもいるんだな」
熱いコーヒーを一口飲むと、ティアは気怠そうにテーブルに突っ伏した。
「薬はダメだった…。今飲んでる薬を体から抜くために、一週間何も飲まなくていいわ。その後に新しい薬を試してみる」
「そうか…。分かった」
「ところで、お腹空いたわ。ちょっと早いけど夕食の用意してくれる?今日はガッツリとしたもの食べたいな」
打って変わって無邪気な笑顔をハルに向ける。
その笑顔に彼は頷き返して、冷蔵庫から食材を取り出した。
本日の夕食は鶏肉のクリーム煮。
そしてオーブンで焼いた温野菜のサラダ。
ティアからレシピ本を買ってもらい、こんなオシャレなものも時間をかければ作れるようになった。
「ん、美味しい!一週間でここまで上達するなんて、やるわね」
ティアはチキンを頬張り嬉しそうだった。
よし……!
ハルは表情を変えずとも、内心ガッツポーズをきめた。
「ところでティア様、さっきの伝書はなんて返したんだ?」
「ん?間違ってないわよーって。協力の報酬金も貰えるらしいし、得したわね」
やはりか……。
意地悪そうに笑うティアを見てハルは一つ疑問が浮かんだ。
「気になるんだが。ティア様は何か依頼や仕事を受けているわけではないのに、資金はどこから来てるんだ?」
「そうねぇ…。まず魔王討伐の莫大な報酬金の代わりに、この家を用意してもらったの。そしてグラン陛下は私に情けをかけてくれたから…王都と繋ぐ魔力車は無償なの。食費とかは余った報酬金かな」
そりゃそうか。
魔王討伐の報酬金なんて、とんでもない額なんだろうなぁ。
「なるほどな…。あのさ、俺の給金無くても構わないから。薬だけ飲んでれば不自由しないし、どちらかというと贅沢してるし」
「それはダメ。私の独断による計算だけど、それは受け取ってちょうだい。もし私が何かを間違えて死んでしまったら、あなたはまた路頭に迷うかもしれないのよ?しばらく食い繋ぐためにもちゃんと貯めておきなさい」
「そんな縁起でもねぇよ」
ティアは大きくため息を吐いた。
全く……この真面目男。
「本当に分からないのよ。今は運良くこうやって普通の生活が出来てるけど、いつか気付かぬうちに魔力が尽きてしまったり、魔物とかが襲って来るかもしれない。最悪の事態が起こる可能性は十分ある。忘れないで」
「はぁ、分かりましたよ…。じゃあ給金貰える日に、王都に連れてってくれ」
「いいけど……何か欲しいものでもあるの?」
「給金を入れる頑丈な箱」
ティアはきょとんとしたあと、声をあげて笑った。
ハルには笑われてる理由がわからない。
「な、なにがおかしいんだよ」
「ごめんごめん…。そうね、買いに行きましょ。ふふふ」
真面目すぎるのに、本人には自覚がないのが面白すぎる。
怒るだろうからハルには言わないけど。
ひとしきり笑われたハルは、不満そうに夕食をかきこんだ。
それから、ティアに負けぬようハルは隙間時間が出来たら体を鍛えることにした。
せめて腕力だけは負けたくない。
朝一通りの家事を終えて、半裸で庭で腕立てを続けた。
ティアは何も言わなかった。
汗を流すハルを、研究の合間にティアはテラスで紅茶を飲みながら毎日微笑んで眺めていた。
そして分かったことが二つ。
どうやら三日おきくらいに村から採れた作物などが届けられるようだった。
その中には家畜の肉などもたまに含まれている。
だから食材が妙に豊富なんだなと、ハルはようやく納得した。
ハルが受け取る日も多く、村人は口々に言っていた。
「ラミア様には本当にお世話になっています」
「どうかラミア様を支えてあげてくださいね」
どんだけ慕われてるんだよ、あいつ……と思った。
よくよく話を聞くと、たまにティアが村の方に行ってくると言って出かけた日は、体調を崩した村人の様子を聞いたり、実際診たりしてるようだ。
医者ではないから合う薬を処方できなくとも、状態を見て最善の方法を教え、必要とあらば大きな医者に診てもらうように伝えてるようだ。
「なぁ」
テラスで紅茶を飲みながら、薬学書を読むティアに声をかける。
「なに?」
「ティア様はその毒…医者に診てもらったことがあるのか?」
ハルは汗をタオルで拭きながら隣のチェアに腰かけた。
そして置いておいた、グラスの中のレモン水を一気に飲み干した。
「……あるわよ。旅を終えて王都に帰ってきてすぐに、王都一番のお医者様に。どうにもならなかったけど」
まぁそうだよな……。
「悪い、変なこと聞いたな」
ティアは音を立てながら分厚い本を閉じる。
「いいけど…。どうして急に?」
「いや……。村の人から聞いたんだ。医者の代わりに体調を崩した人を診てるんだろ?ティア自身はどうなのかなって思っただけだ」
そういうことね。
「思いつく限りのことはやったわ。一般的に毒に効く薬草を、片っ端から試したりね。でもなんの効果もないから、じゃあ自分でやるしかないって覚悟を決めたの。お医者様から医学の基本を学んでこんな分厚い本まで買い漁って、必死で勉強したの」
「…それがたまたま村の人達の役に立ってるのは光栄なことね」
髪が風に吹かれてティアの横顔がうまく見えない。
ただ、これが勇者ってやつか……。
と一言思った。
薬学者、薬草の効能など色々載ってます。
花とか草の種類覚えるの難しくないですか?
雑草だと、田んぼに生えてるヒエくらいしか分かりません笑




