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ティア様

「んん〜…よく寝た」


 ラミアはしょぼしょぼの目を擦って大きく伸びをした。

 外は朝日が昇り、初夏を感じさせる暑さだ。 


「さて、ハルは起きてるのかな…」


 ダイニングに向かっても誰もいない。

 まぁ仕方ないか…。

 昨日連れ回したし、疲れてるだろうから寝かせてあげたいけど…。

 でも薬は必ず飲んでもらわないと困るし、起こさなくちゃね。


 顔を洗い寝巻きから着替え、ハルの部屋の扉を数回叩いた。


「ハル〜。朝だよ、起きてる?」


 返事がない。

 「おーい」ともう一声かけてからゆっくりと扉を開けると、ベッドの上で大の字で寝転んでいる男がいる。


 やっぱり疲れてるよね〜。

 仕方ない。

 でもこれからは働いてもらうのだから、疲れてるでは済まされないよ。


 少しイタズラしてみることにした。


「ハル〜、起きないと朝食抜きだぞ〜」


 頬をツンツンとつついてみる。

 やがて彼の目がうっすら開いてきたので、顔を覗き込んでやった。


「うぁ…?はっ、いつからそこに!?」

「ついさっきよ。気持ち良さそうに寝てたわね。朝食の用意するから起きて、顔洗ってきなさい」


 ハルは飛び起きて、ティアから素早く距離を取った。

 彼女は意地悪な笑顔を残しながら部屋から出ていく。


「はぁーー」


 ハルは大きいため息をこぼしながら気合いを入れて、ベッドから降りて顔を洗いに向かった。


 雇い主から毎朝こんな起こし方されたらたまったもんじゃねえよ。


 冷たい水でバシャバシャ顔を洗いながら、恥ずかしさを消してキッチンに急いだ。

 パンが焼けるいい匂いがする。


「コーヒーと紅茶どっちがお好み?」


 そう尋ねるティアの装いは、黒のノースリーブに黒のショートパンツ、膝丈ほどある白衣らしき物を纏っていた。


 こうやって見ると、確かに研究者っぽいな…。


「いや、俺はどっちでも…。そんな高級な飲み物今まで飲んだことない」

「そう?じゃあ私は朝は紅茶派だから、そっちを淹れるわね」


「あの、俺も手伝う」

「いい心がけね、じゃあスクランブルエッグでも作ってみて」


 フライパンとヘラを渡されて、とりあえずやってみるが卵を割ることすら危うい。

 あーでもないこーでもないと言われたスクランブルエッグはボソボソのまま、皿のパンの隣に置かれた。


「下手くそですまん…」

「気にしなくていいよ、これからに期待してるから」


 ラミアは楽しそうにパンにかぶりついている。


 こんな豪華な朝食はいつぶりだ…?

 なんか落ちつかねぇな…。


「ふぅ〜、ごちそうさま。昨夜も言ったけど、朝食を食べたら必ず薬を飲むこと」

「今飲めばいいのか?」


 ハルの目の前にショットグラスに入った濁った液体が置かれる。

 ティアは無言で頷いた。

 ハルも無言でゆっくり薬を飲む。


「げ…。けっこう苦いな…」

「ごめんごめん。でも、頑張って慣れて。味は苦くないように私も頑張って調整するから」 


 ハルはけほっと軽く咳き込み、口直しに水をがぶ飲みした。

 ティアは少しの間、じっと顔を見つめる。


「なんだよ?」

「……どう?気分が悪いとかない?」

「今のところ別にないけど」


脈も正常かしら…。瞳孔の異常もないわね…。


「よし!私は今から研究室に行くけど、もし不調が表れたらすぐ教えて。お昼過ぎには王都に行くからね。それまで掃除とかお願いね!」


 シンクに食器を置いて、ティアはさっさと言ってしまった。


 さーて、どうすっかな…。


 ハルは頭をガシガシ掻いた。

 道具の場所などは昨夜あらかた聞いたから、それを頼りにやるしかないか…。


 まずは食器を洗ってテーブルや水回り、棚などを拭いてみる。

 窓も開けて換気とか、今までの自分じゃ考えられないくらい、柄にもない事をしている自分にちょっと引いている。


 てか、昼食はどうするんだ…?


 作物や冷蔵庫を漁るが、数年監獄の中にいた食事内容しか思い当たらず発想が乏しい。

 申し訳なさそうに冷蔵庫にあったステーキ肉を焼いて、村人から貰った果物を切ってみた。


 やば…焦げたし。

 包丁も慣れてないから汚くなった…。


 モタモタとしているうちに、ラミアが研究室から出てきていた事に気付かなかった。


「お肉のいい匂いがするわね。お昼作ってくれてるの?」

「まぁ焼いただけなんだが……」


 手こずったのは見ればすぐ分かった。

 しょげるハルの肩をポンと叩く。


「やってみようとした事を私は褒めたいよ。昨日も言ったでしょ?少しずつ覚えようってね。それより冷める前に食べましょう」


 いただきますと手を合わせたラミアからは少し薬品の香りがした。

 ナイフで切り分けた肉を彼女はよく噛んで食べる。


「うん、素材がいいから焼いただけでも美味しいよね。ちょっと焼きすぎだけど、次から焼く前に塩胡椒で味付けしてみたらもっと美味しくなるわよ」  


 確かに、肉は焼けば食べれると思っていたから塩胡椒の下味なんて概念はこれっぽっちもなかった。


「突っ立ってなにしてるの?食べないの?」

「いや、よく考えたらさ。普通は雇い主と食事なんてダメだろ」

「いいから、座りなさい。せっかくのお肉、冷えたら台無しよ」


 ティアが正面の椅子を指さす。

 腑に落ちないのはあるが、皿を持って彼女の向かい側に座った。

 それより、ナイフなんて使ったこともないからティアの所作を見よう見まねで肉を切ってみようとするが、うまく切れない。


「ナイフは指をこう沿わせて持つの。左のフォークでお肉を固定してね」


 いつの間にかティアが背後に立っていて、ハルの手に指を合わせていた。

 固まるハルにティアは彼の頭をわしわしと撫でた。


「ふふ、緊張したの?かわいいなぁ」

「だから、子供扱いはやめろって…!それよりナイフも使えない自分が情けないから」

「そんな事気にしてるの?真面目なそういうところ私は気に入ってるわよ」

「ラミア……茶化すのはやめろ」


 初めて名前を呼ばれた。

 一瞬ティアは驚いたような顔をしたが、すぐ無邪気な顔に戻る。


「ふふ。初めて名前で呼んでくれたね。でもラミアじゃなくて、ティアでいいわよ。みんなラミアって呼ぶもの。堅苦しいしハルにはティアで呼ばれたいわ」

「分かった……。ティア様。一応ちゃんと様はつけるようにする」


 よろしいと頷いて、ティアは果物にフォークを突き刺す。


「あんた、意外といいやつなんだな」


 ハルの唐突な言葉に、ティアは目を丸くした。そして軽く吹き出す。


「意外とってなによ」

「いや……。最初は薬飲ませるだけの、危ない奴なのかと思ってた」

「違うわよ!……そう思われても仕方ないけど、とにかくあなたの面倒はちゃんと見るつもりだから」


 確かに、ただの実験台ならここまでしてくれるのも変な話だ。

 世話焼きすぎるのもどうかと思うが。

 

 少し硬い肉を食べながら難しい顔をしているハルを見ても、ティアはずっと楽しそうだった。


「私は嬉しいのよ。このところずっと一人だったからね」

「勇者たちとは過ごさないのか?」


「まぁ月に一度くらい来てくれるとはいえ、彼らにも依頼や仕事があるから、そんなに長居はさせられないわ。今度みんなにあなたを紹介するわね」

「じゃあ…。それまでに美味いお茶くらい淹れられるようになっとく」

「ほんと真面目ね。さて、そのうち王都から迎えが来るから食べちゃいなさい!」


 どうしてティアがそんなに楽しそうなのか、よく分からない。

 でも何故か胸がくすぐったい。




ファンタジーの世界の監獄食ってどんなのでしょうね?

固いパンのイメージです。

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