毒薬
あれからティアはまた研究室に籠るようになった。
「毒草を使った新薬、先に飲もうとするなよ!」
ハルはせめてティアに釘を刺しておく。
こっそり先に毒味して、研究室で倒れられたら堪ったもんじゃない。
庭に出て、ハルは買ってきた短剣を手に馴染ませるために何度か素振りしていた。
「やっぱり、ダリルから借りてたやつとはちょっと違うよな…。まぁ持ち歩きやすいし、何かと便利か」
一応、あいつに感謝だな。
指導されてるときは、説明下手で理解するのになかなか苦労したが。
教えてもらってからかなり時間が経ってる。
思い出しながらやるしかないか。
「てか、練習相手いないと使えないな。そのうち来るだろうけど、それまでは木でも相手にしとくか…」
幸い山の中だから、練習に良さそうな木や棒もたくさんある。
一通り家事を終えて、トレーニングに励む。
「この感覚、なんか久しぶりだな…」
庭では、毎日木を打ち鳴らす音が響いた。
ある日、いつものように木に向かって棒を振るハルに向かって、ティアが声をかけた。
「ハル!ちょっとこっち来て」
ハルが振り返ると、彼女は白衣を脱いでいつもおろしている髪を結っていた。
「……なにしてんだ?」
「私もちょっと付き合うわ。この前みんなに庇われてばかりだったし、戦闘から離れすぎて感覚なまってたのよ。悔しくて…」
ティアも手頃な木の棒を手に取る。
「いや、あんた剣使えないだろ?」
「何年あの三人と旅してたと思うの?アーロットとリアムの剣は重くて無理だったけど、ダリルから借りることくらいあったわ」
ティアは木の棒を振りながら、ニヤッと笑った。
出たよ…。ティア様の、私負けませんからモード。
ハルは露骨に引いた顔をした。
初めて投げ飛ばされた日を思い出す。
この人、口だけじゃなくて本当に実力もあるんだよなぁ。
「分かったよ…。俺も真剣にやるからな」
「もちろんよ。さぁ、いくわよ」
ティアの目つきが鋭くなる。
二人はじりじりと詰め寄った。
ハルが最初に棒を振ると、ティアは正面から受け止めた。
カン!と棒がぶつかり合う音が響く。
ティアが少しずつ押される。
「やっぱり、力では敵わないわね…。でも、まだまだ!」
ティアは棒を滑らせていなし、体を右に一回転させた。
そのまま振り向きながら、ハルの右横腹に打ち込む。
「いって…!」
左手で腹を押さえるハル。
ティアは彼の右手にある棒を下から打ち上げ、すかさずしゃがんで足を払った。
バランスを崩したハルは、手をついて倒れる。
「くそ…。待てよ、本当にあんた強すぎるって」
ハルは降参とでも言わんばかりに手を上げた。
ティアは彼の目の前に棒を突き付ける。
「実戦経験は私のほうが上かもしれないけど…。私が女だからって、まだ手加減してるよね?それ、やめてちょうだい」
ティアの目に少しだけ怒りの感情が見えた。
ハルは立ち上がりながら手を叩いて砂を払い落とし、棒を拾い上げる。
「…悪い。やっぱり、女といえどあんたに遠慮はいらないよな。もう一回だ」
ハルが構えると、ティアは少し笑って構え直した。
「次は私から行くわ」
ハルの胸に棒を突き出す。
ハルは棒を右から打ち付けて、突きを左に払った。
そしてティアの右脇腹めがけて打ち込む。
……低い!けど甘いわ。
ティアは一瞬だけ棒を離して、持ち手を下から上にずらして受け止めた。
でも片手ではやはり力を受けきれない。
左手も添えて棒を支える。
「さすがだな。でも剣じゃそれはできないんじゃないか?」
「……そうね。でも状況判断が一番大事よ」
「そうだな。……左ががら空きだぞ!」
ハルは棒を引いて左から薙ぎ払う。
ティアはすかさず棒を持ち直して受け止めようとしたが、ハルが一歩前進した。
フェイント!?
ハルの左手の掌打がティアの持ち手にぶつかり、棒が手から落ちかける。
そのまま彼女の右腕を引き寄せ、懐に腰を深く入れる。
体を翻すと、ティアの足が地面から浮いた。
ドサッ。
空が見える。
ティアは何度も瞬きして、目をぱちくりさせた。
思考が追いつかないわ。
「……私、投げられた?」
「おい!大丈夫か!?まさかうまくいくと思わなくて…!」
ハルが棒をその場に投げ捨てて、慌ててティアを起こそうとした。
ティアは上半身を起こして、差し出された腕を少し見つめる。
「ほら……!」
「………………」
ティアは無言で彼の腕を掴んだ。
起き上がりながら、もう片方の手で服の襟も掴む。
体を翻してハルを投げ飛ばした。
ドンッ!
ハルは背中から受けた衝撃で咳き込む。
「いって〜……」
「戦闘中に油断するなんて、まだまだよ!」
見上げると、既にティアは立ち上がりケラケラ笑っていた。
「おい……。そういう訓練じゃないだろ…」
「あー、スッキリしたわ」
ハルは倒れたまま脱力して、大の字でしばらく空を見上げた。
ティアはしゃがんでハルの顔を見下ろす。
「強くなったじゃない」
「……そうかよ」
褒められたのは嬉しい。
それにしても、背中が痛すぎる。
「不意打ちしたお詫びに、夕飯は私が作ってあげるわ」
「いや……それはいい。研究に戻ってくれ」
ティアは口をへの字に曲げる。
「なによそれ。……まぁいいわ。たまには気分転換に、あなたの練習に付き合ってさしあげても良くてよ?」
「逆だろ?俺があんたの気分転換に付き合ってやってんだろうが」
「バレた?」
ティアがニヤニヤ笑うのを見て、ハルは起き上がって棒を持ち直した。
「じゃあ、もう一回だけやろうぜ」
数日後——
朝食後、ハルの目の前に二種類の薬が置かれた。
「ついに、できたんだな」
「えぇ。これは前話した舌が痺れる程度の軽い毒草よ。別名、サイレント草といって、うまく喋れなくなるから魔法使い泣かせなの」
ハルは生唾を飲み込んだ。
「じゃあ、隣のやつは?」
「これは念のため、解毒薬を強化したものよ」
じゃあ、何かあっても大丈夫か……?
よし、じゃあ飲んでやる。
一呼吸置いて、ハルは気合いを入れて恐る恐る手を伸ばす。
その横から、ティアが薬の入ったグラスをサッと手に取った。
「おい!」
ティアを見上げると、既にグラスの中の液体を飲み干している。
「なにしてんだよ!早く吐け!」
「うわ…。不味いわね…」
ハルの声を無視して、ティアは口元を腕で拭った。
「あんた、本当に人の話聞かねえな…。なんで先に飲むんだよ!」
ティアはしばらく口の中もごもごさせてから、口を開く。
「……まぁまぁ、怒らないで?一度、この体で毒草飲むとどうなりゅのか、好奇心もあったかりゃ…」
ハルは勢いよく立ち上がった。
無言で解毒薬が入ったグラスを持って、ティアの口に突きつける。
「待って待って!冗談よ!そんなに早く効果出ないわ!ほら、喋れてるでしょ?」
ニコッと笑うティアの顔を見下ろして、ハルはその頭に拳を軽く落とした。
「……次やったら、一週間肉抜きにするからな」
「ほんと、ごめんて〜…」
ティアは頭を押さえて、しゃがみ込む。
ハルは無言で椅子を引き、ここに座れと指で示した。
大人しくティアは座ると、しばらくして首を傾げた。
「本当に、自分の体がどうなるのか試してみたかったのよ。でも、今のところ何ともないわね」
「痺れとかもないのか?」
ティアは頬杖をついて、さらに首を傾げる。
「初めて飲んだから分からないけど、無事みたい。どっちかというと、薬を飲んだときに出る副作用を気にしてたんだけど…。作り方失敗したかしら?」
ティアは小走りで研究室に行った。
帰ってきたその手には、同じ色の液体が入っていた。
「これ、同じのよ。ハルも飲んでみて」
「……おぅ」
ぐいっと一口であおる。
うわ…。苦いというか、本当に不味いな。
ティアは彼の顔をじっと見た。
「……………どう?」
「……口の中、痛いかも」
ケホッと咳き込む。
「……本気よね?」
「冗談言わねえよ!あんひゃじゃ、まるらいひ…」
「わー!ごめん!これ飲んで、早く!」
自分で自分の声に驚くハルに、ティアは慌てて解毒薬を差し出した。
無言で一気に飲み込む。
口元をしばらくの間押さえて、ハルは深く息をついた。
「痛み、引いてきた。ちゃんと毒、効くじゃねえかよ……」
テーブルに突っ伏する。
ティアは胸を撫で下ろして、顎に手を添えて思案した。
毒草としての効能は失敗してなかった。
じゃあ、私に影響が出ないのはなぜ?
まさか、魔王の毒があるせい?
「……こうしちゃいられないわ。血液見なきゃ!研究室開けとくから、まだ様子がおかしければすぐに来てちょうだい!」
ティアはバタバタと走っていく。
ハルはため息をついて、それを見送った。
これが、前途多難てやつだな。
ハルはもう一度、テーブルに突っ伏した。
訓練ではあるけど、細かい戦闘シーンを書くのは初めてでした。なかなか難しいですね。
ちゃんと伝わっているといいのですが。




