揶揄い
「ハル、おはよう。……紅茶の香り、久しぶりだわ」
「……おはよ。朝食できてるぞ」
すぐにいつものような日常が、ティアの家に戻ってきた。
少し遅めに起きてきたティアは、久しぶりに村のパン屋のパンを一口かじる。
やっぱり自宅って最高ね。
また薬の研究もしていかないと。
ティアは朝食を食べ終えてから、何が起きていたのかをかいつまんでハルに話した。
「そうだったんだな…。魔王復活とか、怖えな」
「そうね。結局、あれが何のために魔力を蓄えてたのか謎は残ってるし、油断はできないかもしれないわね。……ハルは、一人で何してたの?」
「まぁ、ほとんど毎日畑行ってたな」
ティアはぷっと吹き出した。
いつも通りじゃない。
「一人で寂しかったの?」
またからかわれてる。
ハルはすぐに気づいた。
いつもなら、うるさいな。とかすぐ言ってた。
でも今回は違う気がする。
「……あぁ、そうだよ。悪いかよ。一人でいてもやることないしな」
「違うから!」と全力で否定してくるかと思ってた。
どういう風の吹き回しかしら?
ティアがきょとんとしていると、ハルは舌打ちして照れ隠しするように顔を背けた。
「俺、気軽にあんたに行くなとか言ったの。ちょっと後悔してんだよ!何も知らないけどさ、危なくなって魔法使ったりとか色々心配になるだろうが…」
最後はごにょごにょと、どんどん小声になっていく。
あらあら。耳まで赤くなって。
でもなんだか、嬉しいわ。
ティアは頬杖をついて微笑んだ。
「ハル、ごめんね?私も言い過ぎた。……私も会いたかったわ」
「だから!からかうんじゃねぇって!」
ティアは久しぶりにケラケラ笑った。
自室の棚から研究室の鍵を取り出す。
久しぶりに入った研究室には、薬品の匂いに混じって、湿気のこもったような匂いも漂っていた。
しばらくの間扉を開けて換気しないと。
自分の血液を顕微鏡で確認してみたが、特に変わった様子はなかった。
「あれだけ魔王の魔力を近くに感じてたけど…悪化してるようではなさそうね。良かった」
もう、悠長にしている場合ではないわ。
乾燥させて保管しているハクロ草も、今のところ何の効果もない…。
ただの薬草、解毒薬を合わせるだけでは意味がないのかもしれない。
もっと違う視点から、何か糸口が見つかるかもしれない。
ティアは椅子に座って、熱心に薬学書を見つめる。
魔王の首飾りを、魔力で破壊できたのよ。
薬草以外のものといえば……。
「そうだわ。……毒草よ」
毒をもって毒を制すってやつね。
薬学書だけでは足りないわ。
ティアの目の前にはどんどん本が積み重なっていった。
「ねぇ、毒草を飲んだことはある?」
夕食中、ティアの一言にハルは吹きそうになった。
「ケホッ。いや、毒草は分かんねぇけど……。フラフラしてたときに、腹減りすぎて食った木の実で動けなくなったことはある」
「そう……」
ティアは小さく呟いて、食べながら遠い目をしている。
「……俺に毒薬、飲めってことか?」
「いえ、まだ分からないけど…。その時は私が先に毒味するから、そこまで心配しないで」
いや、ただでさえ毒に侵されてるのにさらに毒を飲む気かよ……。
見てらんねぇわ。
「あのさ、必要なら飲むから。余計な心配すんな。死なない程度なら、解毒薬とかで何とかなるだろ?」
ティアは目を丸くした。
「そうだけど…。苦しい思いするかもしれないわよ、いいの?」
「助手なめんな」
ハルは目も合わさず、パクパクと夕飯を口に入れている。
「ありがとう。……頼りにしてるわ」
返事は返ってこない。
夕食が終わってからも、二人の話は尽きない。
「あのよ、明日じゃなくてもいいから王都に連れてってくれ」
「いいわよ、食材もうないわよね」
「いや、食材もそうだけど…。短剣買いに行きたいんだ」
レモン水を飲みながら本を読んでいたティアは顔を上げる。
「言うの忘れてたけど、あんたがいないうちに多分…。ここにも魔物が来た」
ティアは本を閉じて、勢いよく立ち上がった。
「どうして早く言わなかったのよ!怪我は?どうなったの!?」
「いや、落ち着けって…。何ともなかったよ。ただ、いざというときに使い慣れてる武器があったらいいなと思っただけだ」
ハルはテラスで夜風に当たっていた日のことを、細かく話した。
「大きい、影……?」
「あぁ。よく見えなかったから本当に魔物かどうかも、俺も分かってないけどな。村長も村の被害は一つもないって言ってたし」
ティアは脱力したかのように、テーブルに突っ伏した。
「無事なら良かったわ…。ダリルから、せっかく短剣教えてもらってたもの。明日にでも行きましょう」
顔を上げたティアの表情は、なぜか嬉しそうだった。
短剣を買いに行くのがそんなに嬉しいことなのか…?
表情がコロコロ変わってよく分からん。
「あと、ケーキを作る型も探したいな。村の子から何回かお裾分けもらってさ、それが美味かったから俺も作ってみたい」
村の子……?
ハル、いつの間にか畑仕事以外でも若い子と交流を広げてたの?
ティアは腕を組んで、面白くなさそうにハルを見た。
「ふーん、お裾分けねぇ……。そんなに美味しかったのね」
あ、なんかちょっと不機嫌になった?
ハルは少しニヤける。
「ティア様、自分が料理苦手だからって…。嫉妬ってやつか?」
「バカ…!違うわよ!というか、あなたが私をからかうなんて、十年早いのよ!」
「だからさー、俺はあんたより歳上だっつーの」
慌てるティアを見て、ハルもケラケラ笑う。
からかわれたり、からかったり。
なんでこんな楽しいんだろうな。
こういう時間、ずっと続いたらいいのにな。
「今日は俺が鴉呼んでみてもいいか?」
翌朝、鴉を呼ぼうと窓を開けるティアに声をかける。
「いいけど…。前は音すら鳴らなかったじゃない」
「あれから少し練習したんだよ」
ハルは口に輪っかにした指を当てる。
ピィーー……
「すごいじゃない!」
「まぁな。でも来てくれないと意味がないけどな」
「…………来ないわね」
「だよなぁ…」
ハルは窓に手をかけて項垂れた。
それから何回も吹いてみるが、待てど暮らせど何も来ない。
「音が小さいのよ。こうして、思いっきり息を吹くの」
ティアが実際にやってみる。
少しだけ待つと、あっという間に鴉が窓辺に降り立った。
ティアは指で鴉の喉を優しく撫でてやる。
「お互い触れ合って慣れておいたら?この子は王宮の鴉より、人懐っこいと思うから」
ハルが王宮からの鴉に触れようとしたとき、突然叫び出したのを思い出した。
恐る恐る同じように喉を撫でると、鴉はグルルと唸りながら瞬きしていた。
何度も首を左右に傾けて、これからどうしたらいいのか戸惑ってそうだ。
「かわいいな…。ティア様の毒治ったら、何か飼ってみたいな。俺世話するし」
ティアは驚いた表情をするが、ハルは鴉を見ていてそれに気付かない。
「……何がいいの?」
「猫とか?」
「猫ね、いいじゃない。……いつか、叶うといいわね」
私も動物は好き。
人間みたいに汚い心とかないし、自由で無邪気だもの。
ティアももう一度鴉に優しく触れた。
それから王都に行って、たくさん買い物をした。
短剣はティアにも相談しながら、持ちやすい物を選んで、腰に装備するためのベルトも買った。
もちろん、自分の給金でだ。
食材も多めに買った。
しばらく質素な食生活だったティアに、美味いものを食べさせてやりたかった。
最後に薬屋にも寄った。
モルゼンという店主に、ティアは真剣に相談している。
内容は毒草のことが中心だったから、ハルにはよく分からない。
いくつか店に置いてあった毒草と、その解毒薬を買っていたようだ。
帰宅したティアは、テーブルに毒草を並べて一つ一つ説明する。
「これは、舌が痺れる程度の軽いものよ。これは神経に作用するから、飲みすぎると体が麻痺するわ。これは凍血草、珍しい毒草ね」
どこにでも生えてそうな色をしている草から、少し色が毒々しい草まで様々だ。
「……俺には、どれもやばそうな物にしか見えん」
黙って聞いていたハルはぼそっと呟く。
「そうね…。でもこのまま飲むわけじゃないし、色々調合して試していくから。ハルには悪いけど…」
「分かってる。覚悟してるから」
ティアは目を丸くして彼を見た。
ハルの瞳は真っ直ぐ毒草を見つめている。
実物を見ても、怖気つかないのね。
「ハルは、強いね」
「は?なに言ってんだよ。あんたのほうが強いに決まってるだろ」
そういうことじゃなくてさ。
まぁいいか。
その覚悟、見せてもらおうじゃない。
ハルはティアが帰ってきて、めっちゃ楽しそうにしてますね笑
反抗期だった少年が、どんどん素直になってるような……。
作者も何故か親目線です笑




