不穏な影
隣国——マガリス
ティア達四人は無事に入国して、ギルドにてリアムの傷の治療を受けていた。
幸い僧侶がいて、治癒魔法もかけてもらっているらしい。
別室でリアム以外の三人は治療が終わるのを待っていた。
ティアは出発する前の、ハルの言葉を思い出していた。
戦闘では役に立たないどころか、ちょっとした油断でリアムに庇ってもらったわ。
しかもまた、同じ魔物に。
……情けない。悔しい。
俯いて膝の上で握る拳が白くなっている。
それをアーロットとダリルは無言で見つめていた。
元々プライドが高い彼女だ。
なんと声をかけていいのかアーロットにも分からない。
「みんな、お待たせ!」
扉が勢いよく開いて、リアムが笑顔で飛び出してくる。
腹の傷はもう見当たらない。
「リアム!」
ティアは彼女に駆け寄った。
「出血はそれなりにあったけど、傷自体は大したことなかったよ!もう大丈夫!」
リアムが両腕を曲げて、力こぶを作ってみせる。
ティアは彼女にぎゅっと抱きついた。
「良かった…。ごめんね」
「もう、ティア!平気だって!謝るの今から禁止!」
リアムはティアを引き剥がして、頭をポンポンと撫でた。
「うん……。でもハルが怒ってた理由、なんとなく分かった気がするわ。私、役に立ててないどころか、足手まといじゃないかしら?」
「そんなことはないさ」
アーロットが座ったまま、ティアに話しかける。
「チームでカバーするのは当然だ。君がいなかったら、僕たちは魔物と戦うだけで何も気づくことができなかったかもしれない。……ティアはもう、この事案について次の策があるんだろ?」
振り返ったティアは、少し微笑んで頷いた。
一同はマガリスのギルド掲示板も念のため確認した。
内容はほとんど変わらず、討伐対象も高ランク以上の魔物はいないようだった。
物資を補給して、宿屋で一泊することにした。
四人は一つの部屋の中で向かい合う。
「私が考えるに、魔物たちは何かに惹きつけられてる。それは王都の中にあると見てるわ」
「それはなんなの?」
リアムの問いにティアは首を振った。
「まだ分からない。でも高ランクの魔物は現れていない。あの子達にはあって、それ以外の魔物にはないもの…」
「そうか……魔力か」
アーロットの相槌にティアは頷く。
「知性もあって、魔力もある…。高ランクの魔物は特に魅入られてないのよ。これ以上魔物を観察するより、王都で何が起きてるか調査したほうがいいわ」
明朝、一同はマガリスを後にした。
ハルは相変わらず、朝から一通りの家事を終えたら村に降りて畑仕事を手伝いに来ている。
今日はあの村娘も来ていた。
「ハルさん!お、おはようございます…!」
「あぁ。この前の、美味かった。ありがとな」
「いえ…そ、そんな…!」
頬を赤らめて、また足早に離れていった。
……?なんか張り切ってんな…。
年配の女性が後ろから「ほほほ」と笑っている。
「ハルさん、好かれてますねぇ」
「ん?ま、自分で言うのもなんだがけっこう貢献してるしな」
「ふふ…。私も四十年、いやあと三十年若ければねぇ」
「なんだ、それ」
ハルは軽く笑い飛ばした。
「今日はなかなか疲れたな…」
ハルは風呂に入って、火照った体をテラスで夜風に当てている。
今日は人参の植え付けをした。
よく使う野菜だ。つい張り切ってしまった。
「そういえば、冬眠明けの獣とか出ねえのかな…。まぁ、ティア様が来てから獣害減ったって言ってたしな…」
独り言が、風に吹かれてザワザワとした木々の音に掻き消される。
今頃野営してんのかな…。
さすがに暖かくなってきたとはいえ、外で寝たら風邪ひくんじゃねえのか?
テラスの椅子に体重を預けて、空を見上げる。
明日は久しぶりに、ちゃんとトレーニングでもしようかなぁ。
しばらく物思いに耽っていると、目の前の草陰からガサガサと草を掻き分けるような音がした。
……気のせいか?
音がした方向をじっと見据える。
赤く光るものが見えた。見覚えがある。
ハルの心臓が高鳴った。
「気のせいじゃない……。まさか…」
ハルは勢いよく立ち上がると、目を逸らさないように倉庫に向かった。
「万が一のときは、これを使いなさい」
ずっと前に、ティアから言われた言葉を思い出し倉庫から槍を取り出す。
なんで今まで気にしなかったんだ!?
この村だって、王都からめちゃくちゃ遠いわけでもねえ。
王都付近で魔物が増えているなら、ここだって絶対に安全とは言い切れねえだろ…!
刃先を草陰に向けて、一定の距離を保ちながら様子を見る。
「来るなら、来いよ……。ティア様がいないからって、なめるんじゃねぇ」
しばらく睨み合いを続ける。
赤い目が一度消える。
ガサガサと横に移動して、間合いを測っているように感じた。
「…来る!」
黒い影が草むらから飛び出した。
覚悟を決めた瞬間——
何か別の大きい影が、空中を横切った。
それは一瞬で草むらの奥に着地して、瞬く間に姿を消した。
直後、微かな悲鳴のようなものが聞こえた。
「今の……なんだ?」
魔物、じゃないのか?
槍を下ろすと同時に、寒気が全身を走る。
いつの間にか汗をかいていて、風が体を冷やしていたようだ。
槍を持ったまま部屋に戻る。
「分からないけど、明日村長に伝えねぇとな…」
この村だって安全とは限らない。
やっぱり、ティア様がエルド村を守っていたのかもしれないな…。
ハルは大きくため息を吐いた。
「……やっぱり今度、王都に短剣買いに行こう」
ティアたちはさらに数日かけて、王都の近くまで歩いてきていた。
なるべく避けたくても、魔物との戦闘はゼロにはできない。
どうしても、ただ帰るだけなのに時間がかかるのが惜しい。
「よし、ここまで来たらあとは草原を突っ切るだけだな」
アーロットは草原に続く、王都への方向を指差す。
「えぇ、急ぎましょう。一度陛下に報告したいわ」
ティアは頷く。
しばらく歩くと、喧騒のような声が聞こえてきた。
武器がぶつかり合うような音もする。
四人は走り出す。
「まずいわ、マンティスの群れよ!商人の馬車が襲われてる!」
虫のような外骨格を持ち、二つの大きな鎌を振るう魔物だ。
甲冑を着た者が数人応戦しており、何人かが地面に倒れている。
ティア以外の三人は無言で武器を抜いて走り出した。
ティアもその後ろに続いて、荷馬車の後ろをそっと覗いた。
中では商人らしき男が一人で震えている。
「もう大丈夫よ。怪我人がいるみたいだから、応援を呼んでくる。ここで静かに待っていて」
男は無言で何回も頷いた。
ティアは荷馬車から出ると、剣を構えるアーロットの姿を見た。
連続で振り下ろされる鎌の斬撃を全て避け、一瞬の隙をついて鎌の根元を切り落とす。
異様な叫び声を上げて崩れ落ちるマンティスの首を、アーロットは叩き斬った。
「相変わらずの早さね、アーロット」
ティアは馬車の方をもう一度見た。
荷物を引っ張る馬が一頭倒れている。
おそらくもう一頭は逃げ出したのだろう。
ティアは王都に向けて走り出した。
その姿を見つけた一匹のマンティスが、追いかけて鎌を振り下ろす。
ティアはすんでのところで転がって避けた。
ティアを見下すマンティスの上に、ダリルが飛び乗り槍を突き刺す。
「ティア、一本持って行け!」
ダリルはティアの足元に向かって短剣を落とす。
「ありがとう!すぐ戻るわ!」
ティアは短剣を拾い上げて走り出した。
自分を追おうとする魔物は、みんながカバーしてくれるはず。
後ろは振り返らない。
走り続けて息が切れる。
あの三人ならマンティス程度の魔物に遅れは取らないと信じているけど、怪我人がいる。
早くしないと。
やがて王都の門の前に立っている、二人の兵士が見えた。
手を振りながら声を張り上げる。
「ラミアよ!お願い、人が襲われてる!」
二人は、甲冑をガチャガチャと音を鳴らしながら駆け寄ってきた。
「これは、ラミア様!?いかがなされた!」
「はぁはぁ…。向こうで、商人の馬車が襲われてるの…。アーロットたちが応戦してるけど、護衛の何人かは倒れてる。怪我の程度は分からない、兵士を何人か向かわせて…!」
二人の兵士は顔を見合わせて頷き、振り返って門の中に急いだ。
「これで、大丈夫…。私も戻らないと…」
胸がズキッと痛む。
「なにこれ…?魔法使ってないのに…」
そんなこと、気にしてる場合じゃないわ。
ティアはまた走り出す。
本話のお気に入りは、おばあちゃんの「私も四十年、いやあと三十年若ければねぇ」です笑
笑い飛ばすハルは、おばあちゃんの言葉の意味も分かっていない。
さらに、村娘の頬が赤くなる理由もさっぱり。
罪な男です笑




