勇者リアム
四人は隣国のマガリス付近まで来ていた。
魔物の気配を感じたら身を隠し、少し観察してから先を進むことを繰り返した。
確かに魔物が増えているのは分かるが、結局何を探しているのか。王都に近付く原因が分からない。
何日もかけて歩くと、さすがに食料が尽きる。
一度マガリスで補給してから、調査に戻ることにした。
「ダリルから聞いてる?この辺でブラッディフェイスベアと、山道でスパイラルコンドルと会ったこと」
アーロットとリアムは頷く。
「あのときはなんでこんなところまで、とは思ったけど…。おそらく異変はもう始まっていたのね」
ティアは以前、ブラッディフェイスベアと出くわした脇道を見つめた。
「もう一度、この辺を見てから国に入りましょう」
「うん、異論はない」
アーロットが先頭を歩く。
その後ろを三人がついていった。
「この辺ね…」
さすがに死体はないわね…。
骨も残っていないのは、そういうものを好む魔物もいるからね。
魔物がいないか、慎重に辺りを散策する。
つかず離れず、四人は散開していたがリアムの声が突然聞こえた。
「みんな…!こっち来て!」
小声で叫ぶような声だ。
三人は体を低くしながら移動し、草陰に隠れるように屈むリアムの元に集まる。
「あれ、見て」
彼女が指さす先を見る。
ティアは目を丸くした。
「……あり得ないわ。ブラッディフェイスベアと、ハウンドウルフが並んで歩いている」
「普通は、ハウンドウルフは既に捕食されてるよな…」
アーロットも驚きを隠せない。
二匹の魔物は、ただ並んでいるだけのようには見えないわね。
ハウンドウルフが近すぎると、ブラッディフェイスベアが威嚇したり、ちょっとした小競り合いがあるように見える。
それでも襲うような気配はないようね…。
「隠れながら、ついていきましょう」
一同は身を屈めながら、なるべく物音を立てないように魔物の後ろをついていくことにした。
しばらくついていくと、森の脇から新たなハウンドウルフが二体現れる。
三体のハウンドウルフは、まるで格上であるブラッディフェイスベアの後ろをついていくようにも見えた。
やがて四人が歩いてきた道を、戻るように歩みを進めている。
「捕食対象を無視してでも、王都に向かうのが優先なのね…」
ティアは一度立ち止まり、紙に記録を書き記した。
少しの間だけ、三人と少し距離が開く。
別の方向からガサガサと草をかき分ける音を捉えたリアムが、立ち止まるティアを振り返った。
「ティア、後ろ!危ない!」
リアムの叫び声に、ティアは後ろを振り返る。
走って向かってくる、新たなブラッディフェイスベアを見た。
それと同時に、リアムはティアの腕を掴んで後ろに引っ張る。
リアムに思いっきり引っ張られたティアは、少し遅れて走ってきたアーロットが受け止めた。
二体目のブラッディフェイスベアの振り下ろされた大きな腕を、リアムが斧を両手で持ち正面から受け止めた。
ベコッと、異質な音を立てて彼女の足元が凹む。
異変を聞きつけたのか、前を歩いていた魔物達も振り返る。
ダリルは槍を抜いて構えた。
計五体の咆哮が辺りに響き渡った。
「ティア、大丈夫か?」
「えぇ、ありがとう」
アーロットはティアを静かに下ろすと、ダリルが三体の魔物を相手取るのを振り返った。
「まずはあっちが先か…。リアム、耐えてくれ」
「うぐぐ……」
ブラッディフェイスベアの体重と、リアムの体重の差は何倍にもなる。
彼女は押し潰されないように踏ん張るしかできなかった。
ティアは近くに落ちていた石を、魔物の体に何度か投げつけた。
「こっちよ!」
ブラッディフェイスベアは、ティアに視線すら送らない。
メキメキと音を立てて、リアムの足下がさらに歪む。
引かないリアムに苛立ちを覚えたのか、魔物は反対の腕を彼女に向かって振り払った。
「しまった…!」
両手を使ったブラッディフェイスベアの隙を見て、リアムは咄嗟に斧を捨て、腕から飛び退こうとした。
鋭い爪がリアムの腹を掠める。
「かはっ……!」
「リアム!」
リアムの剥き出しの腹から、ポタポタと血が流れる。
「やってくれたね……」
「ダメよ、リアム!逃げて!」
「やなこった。やり返す」
こうなったらリアムは言うことを聞かない。
ティアは応援を呼ぼうと振り返るが、アーロットとダリルは三体の魔物相手に応戦中だ。
ティアの胸にざわざわとした焦りが広がった。
戦えないことが、こんなにも悔しいなんて。
魔物はもう一度、重く響き渡るような咆哮を上げた。
リアムは背中から剣を抜く。
刃先を下に構えて、走ってくるブラッディフェイスベアを正面から見つめる。
リアムも向かって走り出し、助走をつけて高く跳び上がった。
「烈……滝割!」
振り下ろされた斬撃が、魔物の体を引き裂いた。
三体の魔物を仕留めたアーロットとダリルが、リアムの体を支えるティアに駆け寄る。
「あのさー、ティア。汚れるから手を退けなよ」
「いやよ」
ティアの手は、リアムの腹の傷口を押さえている。
アーロットとダリルは、リアムが倒したブラッディフェイスベアを無言で見つめた。
頭から胴体まで引き裂かれた魔物の血は、辺り一面に朱色の染みを広げている。
「……さすがだな、リアム」
アーロットが称賛すると、彼女はいつも通りニカッと笑った。
「まぁね。一発貰っちゃったけど」
「ごめんなさい、リアム。私のせいで…」
「仕方ないじゃん?まさか後ろからもう一体来てるなんて、誰も思わないって!」
悲しそうに俯くティアを、横になったリアムがケラケラ笑い飛ばす。
アーロットがティアに変わって、肩を支えた。
「歩けるか、リアム。国に入って一旦治療しよう」
「うん、大丈夫。内臓は多分やられてないから」
ティアは慌てて、彼女が落とした斧を拾った。
重い……。こんなに重い武器を、いつも振り回してるんだもん。尊敬でしかないわね。
それから、ダリルが先導するように前を歩いた。
「今ごろ、どこまで行ってるんだろうな…」
ハルは一人、家で待つだけなのは耐えられなかった。
毎日村に降りては、畑仕事を手伝っている。
草をむしりながら呟くハルの横から、年配の女性が話しかけた。
「ハルさん、毎日こうして手伝いに来てくれていますが…。ラミア様のお手伝いはよろしいのですか?」
「あぁ、言ってなかったな…。ティア様は今、グラン陛下の命令でとある調査に行ってるんだ」
「そうなのですね…。心配でしょうが、あの勇者ラミア様です。きっと無事に帰ってきますよ」
村人達は、ティアが魔法を使えないのを知らない。
絶対無事に帰ってくる、村人達にその自信があるのもハルは理解できた。
「そうだな。気長に待つさ」
俺だって信じる。ティア様は一人じゃない。
夕方まで畑仕事を手伝っていたハルに、村長が話しかけた。
「ハルさん…。ラミア様のこと、聞きましたぞ。我らはありがたいですが、ご無理なさらぬよう」
「いや、俺は大丈夫だ。やることもねーし…。明日も来るから」
作業を一区切り終えたハルは立ち上がる。
軽く土を払って、畑から出たハルの後ろから話しかける声があった。
「あの……ハルさん!」
「ん?」
振り返ると、若い娘が立っていた。
村人全員覚えてるわけじゃねえけど、この子は見覚えがあるな。
……あぁ、流行り病のときに蔵で看病してた子か。
「あ、あの……これ、私が作ったんです!お夕飯にでもどうぞ!」
「いいのか?ありがとな」
差し出された紙袋を受け取る。
娘は何も言わずに、足早に立ち去っていった。
なんだか頬が赤かった気がする。
「……?なんか急いでたのか?」
そのままハルはティアの家に帰る。
ダイニングの椅子に座ると、空腹が押し寄せてきた。
包みを開けると、四角い型で作られたケーキ生地のようなものが見えた。
「ん?ケーキなのか?」
手で持って、一口齧ってみる。
「甘くない…!なるほど、砂糖を入れずに塩を使ってるのか?野菜とベーコンも入ってる。こんな料理もあるんだな」
一人で冷静に分析して、ハルはコーヒーを淹れた。
次はちゃんと皿に出して、フォークで丁寧に食べる。
「ティア様、ちゃんと飯食ってんのかな…」
ハルは遠い目をした。
正直、怪我の心配はそこまでしてない。
でもまともにご飯を食べれてないんじゃないか、そこはすごく心配だ。
ブラッディフェイスベア、再登場でした。
前回はダリルがあっさり倒していたけど、本来は一人で難なく倒せる想定ではない魔物です。
脳筋なリアム姉さんの戦闘スタイルもようやく書けました。
実は斧と剣の両刀使いです。




