男心とは
翌日の早朝——
ティアは新調した鞄に、野営の準備やエーテルなどを詰めていた。
普段はおろしている長い髪も、後ろで綺麗に三つ編みにしてまとめる。
全身鏡の横に立てかけてある、長い布の包みをそっと撫でた。
「これは…使わないわよね。……よし」
自室の扉をそっと静かに閉めた。
リビングに出ても、ハルはいない。
いつもの時間より早いし、当たり前ね。
毎朝の紅茶の香りが、少し恋しく感じる。
玄関で座りながらブーツを履いていると、物音が聞こえて後ろを振り返った。
「黙って…行く気かよ」
「そんなつもりはなかったけど…」
でも、顔を合わせづらかったのも事実だ。
立ち上がり、顔を合わせないように俯きながら少し振り返る。
「行ってくるわね」
「待てよ」
「え?これって…」
ハルは紙の包みを差し出した。
少しだけパンの香りがする。
「サンドイッチ。四人分あるから、途中でみんなで食べろよ。……怪我、すんなよ」
最後は照れ隠しなのか、腕を組んで顔を背けている。
その背中を、ティアはポンと叩いた。
ハルが驚いて振り返ると、彼女はニッと笑った。
「ありがとう。みんなも喜ぶわ!……行ってきます!」
ティアは最後まで笑顔を見せて出ていく。
ハルはキッチンに戻り、紅茶を淹れる準備をした。
「あ、間違えた。二人分の茶葉出しちまった。……二杯、飲むか」
改めてリビングを見渡す。
何回も一人で留守番をしていたはずなのに、やけに広く感じた。
この家で、ティア様は一人で三年も研究を続けていたんだな…。
帰ってきたときに安心できるようにしておかないと。
掃除も手を抜くことは絶対にしない。
「みんなお待たせ」
三人が王都の門前で佇んでいる。
ティアが駆け寄ると、アーロットは朗らかに笑った。
「その髪…昔に戻ったみたいだな」
「うん!最高にティアって感じ!」
リアムもニカッと笑っている。
「……でしょ?さぁ、行きましょう」
先に目指すのは、以前通った隣国までの道のりだ。
道中で積み荷を乗せた馬車とすれ違う。
その横では、甲冑や鎧を着た人たちが何人も歩いていた。
横目で見ながらティアは口を開いた。
「昨日、アーロットが言ってたのはこういうことなのね」
「あぁ。他の国から王都に入るまで、魔物に襲われる事件が以前から増えていた。商人たちは護衛を雇わないと、もう安全に来られない」
「……護衛を雇うにも、それなりのお金がいるものね…」
その余裕がある商人としか取引できないのは、王都にとっても痛手で間違いないわ。
「私も数回、王都から帰る商人さんの護衛役として依頼を受けたよ。…みんな、本当に怯えてた」
口を挟んだリアムは悲しそうに目を伏せる。
知らないところで、こんなに大事になっていたなんて…。
熱源病絡みで、しばらく王都に行ってなかったことを後悔するわ。
ティアはダリルの顔を見た。
「ダリルはどう見てるの?」
「俺は最近アーロットかリアムの依頼について行っただけだが…。高ランク以上の魔物は見てないな」
「なるほどね……。知性がある魔物はまだ近くにはいないということ…」
しばらく歩いていると、脇の茂みからガサガサと音を立てて三匹の魔物が躍り出た。
ティア以外の三人は武器を抜く。
「フラッターレオ…!本来乾燥した地域に生息するはずよ!」
アーロットは目を見張るティアを腕で押し退けて、剣を構える。
魔物はちらりと一瞬だけ四人を見る。
そして空を仰いで、匂いを嗅ぐような仕草をしていた。
猫のようなしなやかな四肢に、特徴的な長い髭が風を受けてふわふわと靡く。
襲ってこない……?
それどころか、まるで気にも留めてないみたい。
やがて三匹の魔物は道を横切り、また茂みの中に消えていった。
「今のは、なんだったの?」
リアムが斧を収めてティアを振り返る。
「…分からない。でも、何かを探してるように見えた」
これは有力な手がかりになるかもしれない。
「もっと情報がいるわ。行きましょう」
ティアの言葉に三人は頷いた。
それから道中でツインバイパーと、レッグリザードと遭遇した。
ツインバイパーも本来は草原に生息する魔物ではない。
レッグリザードも洞窟を縄張りとする魔物だ。
レッグリザードは複数で群れを作り狩りをする。
「ちっ。こいつら洞窟を出ても群れるのかよ」
ダリルは心底嫌そうに吐き捨てた。
「仕方ないじゃない!アーロット、右!」
戦えないティアは、少し離れた場所から、せめて彼らを援護する。
レッグリザードは脚力を活かして高くジャンプした。
爪の斬撃を避けて、アーロットはその横腹を切り裂いた。
絶命していく仲間の屍を飛び越えて、魔物たちは更に前に出る。
「もう…鬱陶しいなぁ。みんな、どいて」
肩に斧をかけたリアムがぼそっと呟く。
アーロットは血相を変えた。
「まずい!みんな下がれ!」
リアムの呟きを聞いたアーロットが叫んで、三人は慌てて後ろに走り出した。
前に一人残されたリアム目掛けて、レッグリザードが一斉に飛びかかってくる。
彼女は片足を引いて、斧を構えた。
「一閃……駆薙」
リアムは力の限り斧を横に振る。
ドォン!と激しい音が響く。
周囲の木々まで斬撃を受けて、メキメキと音を立てて崩れていった。
「…………はぁ」
ダリルは不満そうに、服に飛んできた木屑を手で払い落とした。
「……ここだけ、嵐が来たみたいね」
「まったくだな」
ティアとアーロットは、リアムの足元を見下ろした。
レッグリザード達は、見るに耐えないくらい惨たらしい姿だ。
「…………あれ?」
斧を背中に収めたリアムは、周囲を見渡してようやく周りの状況を掴んだみたいだ。
「過ぎたことはどうしようもないわ。魔物の動きを観察するためにも、もう少し慎重に行きましょう」
困った顔をしているリアムを置いて、ティア達は先を進んだ。
ティアは後からついてくるリアムを少し振り返りながら、小さくため息をつく。
昔と変わらないわね…。
キレた彼女を抑えられる人など、結局いやしないのよね。
坂が急になる前に、一同は休憩を取ることにした。
ティアは鞄から紙の包みを取り出す。
「みんな、これ。ハルが作ってくれたのよ」
「え、いいの!?ちょうどお腹空いてきてたの!」
リアムは目を輝かせてサンドイッチを受け取った。
「んー!美味しいー!」
うっとりとした表情で頬張るリアムを見て、ティアは微笑んだ。
良かったわね、ハル。みんな本当に喜んでるわ。
ほかの二人もサンドイッチを食べ始めたところで、アーロットが口を開いた。
「ハルにはなんと言って出てきたんだ?」
ティアは目を伏せた。
「陛下の言葉そのままを伝えたわ。……でも彼、怒ってた」
「なんで?」
リアムの問いに、ティアは首を振る。
「分からない。私が行く必要はないんじゃないかって。私が戦えないから、怒ってたみたい」
「それって……」
言いかけてアーロットは口をつぐんだ。
リアムはサンドイッチを飲み込んで声を張り上げる。
「そりゃだって!ティアは魔法使えないんだから、怪我するかもしれないでしょ!心配するじゃん」
「?なんでハルが私を心配するの?」
ティアは本気で首を傾げている。
「確かに、ティアはハルを稽古してあげてるもんね…。あれ?」
リアムも同じように首を傾げた。
アーロットはやれやれと首を振った。
「男心が分からない女とは、こうも厄介なもんなんだな」
ダリルがぼそっと呟く。
「「どういうこと?」」
ティアとリアムの声が被った。
「あのな、男は普通女の子には怪我してほしくないんだよ」
ティアはきょとんとしている。
「え?それって私も含まれてるってこと?なんか照れちゃうな〜」
アーロットの言葉に、リアムはポリポリ頬を掻いた。
三人がリアムをじっと見つめる。
リアム、そうじゃないと思うわ…。
さすがに、私でも分かる。
「リアム……ごめん」
ティアは呟いてサンドイッチに齧り付いた。
アーロットとダリルは黙っている。
「……ん?」
リアムはもう一度首を傾げた。
実はダリルが一番しっかり人を見てます。
ただ滅多に言葉にはしません笑
興味のないものには見向きもしないですけどね。
ちなみに、作者自身リアムほど天然な人に出会ったことがないので、あくまでイメージです笑




