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何も知らない

 ティアはあれから、研究室に再び籠るようになった。

 研究の進み具合はハルには分からない。

 新薬ができるまで、何も飲まなくていいと言われているので、ここに来て初めての長期休暇を感じている。

 そして冬も明けて、村の畑に通いハルも忙しい。

 時々山菜も貰えて、どう調理したら美味いか試作も捗っていた。


「今日はシチューに入れてみるか….。一回アク抜きしないと苦いよな」


 アク抜きも村人に教えてもらった。

 夕飯の準備でお湯を沸かしていると、突然リビングの窓がコンコンと何かで叩かれている音が響いた。


「なんだ……?」


 一瞬、村の子供がイタズラでもしているのかと疑った。

 窓を覗いてみると、鴉が見える。

 開けてみると、ぴょんぴょんと跳ねながら中に入ってきた。

 グルルって小さい鳴き声を上げながら、辺りを見渡している。

 その足首に黄色の足輪が付いているのが分かった。


「こいつ、伝書の鴉か……?」


 そっと体に触れようとした瞬間、ギャーー!と甲高い鳴き声を上げた。

 ハルも同時にうわ!と悲鳴を上げる。

 その鳴き声は研究室まで聞こえたのだろう。

 ティアが慌てた様子で走ってきた。


「どうしたの!?」

「いや…この鴉が急に…」


 鴉はティアを見つけると、またぴょんぴょんと跳ねながら彼女に近付く。


「この子、王宮からだわ」


 ティアは足首からそっと紙を抜き取って開いた。

 鴉はティアをしばらく見つめると、満足そうに一声鳴いて開けっ放しの窓から飛び立っていく。

 紙を見つめるティアの顔が少し険しくなっていく。


「……なんて書いてあったんだ?」


 ティアは無言でハルに紙を突きつけた。

 そしてダイニングの椅子に座る。


『儂から直々に頼みたいことがある。詳しくは直接話そう。明朝、参られよ。——グラン』


たった二行の文章だった。


「グラン陛下からの呼び出しか。……なんでそんなに怖い顔してるんだよ」

「……別に。少し嫌な予感がしてるだけよ。とりあえず明日、私だけ王都に行くからよろしくね」


 先日ギルドで見た掲示板…。

 ただ魔物討伐の依頼が多いだけではなかった。

 嫌な予感は当たっていたのかもしれない。


 ティアはそれ以上語らなかった。






 魔力車が王宮の門を潜り、豪華な庭園が続く道をゆっくりと進んでいく。

 やがて一つの大きな建物の前に止まると、運転手が降りて扉を開けてくれた。

 ティアが地に足を下ろすと、カツンと音がした。

 両脇に佇んでいた兵士が一礼して、重々しい門を開けてくれる。

 建物の中に入り長い廊下を進む。


 天井が高いからか、ヒールのコツコツとした音がよく響く。

 このブーツに足を通すのは約四年ぶりだ。

 膝上まであるブーツは、久しぶりに履いてもよく足に馴染む。

 しばらく進むと、よく知っている後ろ姿が見えた。


「……みんなも、呼ばれたのね」

「ティア、久しぶりだな」


 振り返ったアーロットがニコッと笑う。

 その目の下には、薄っすらと隈のようなものが見えた。


「ここまで会わないのは初めてかもしれないわね。それより、疲れてる?」


 アーロットは目を擦って苦笑いした。


「まぁね。ちょっと忙しくしてた。……陛下がお待ちだ、行こうか」


 リアムは腰に手を当てながら、珍しくニコリともしていない。

 ダリルも無言だ。


 四人並んで廊下を進む。

 奥に進むにつれて、ふいにティアは胸が刺されたような感覚がした。


「……っ」


 ぎゅっと心臓の辺りを握る。


 少し進んだ先で、立ち止まったティアを三人が振り返った。


「ティア…?」


 リアムが不安そうな顔をしている。


「…ごめん、なんでもないわ」


 なんだろう、今のは。

 ティアは小走りで三人に駆け寄った。




「良くぞ参った。ウィンズ、アナスタシア、ブラット…そしてラミアよ」


 玉座にグランが座り、階段の下では四人が横並びに片膝をつき頭を下げる。


「単刀直入に告げる。此度の件はギルドからの依頼ではない。儂直々の依頼だ」


 四人は顔を上げてグランの顔を見た。

 いつもの豪快に笑う彼とはまるで違う。


「王都周辺に魔物が大量に増えている。そなた達には、原因を調査し…解決してもらいたい。ラミアは魔法が使えぬ故、酷な願いだと思うが、そなたは魔物にも詳しい。……聞き届けてくれるか?」


 ティアは胸に手のひらを当て、もう一度頭を下げた。


「勿論です。…必ず解決してみせましょう」

「うむ。よくぞ言ってくれた」


 グランは満足そうに頷いている。

 アーロットは重く口を開いた。


「既に、王都へ続く流通にも影響が出ています。……早急に解決へ導きます」

「うむ。みな、頼んだぞ」


 四人は一度頭を下げて、足早に謁見の間から立ち去った。



 また長い廊下を四人で進む。


「みんなはこの件、どう見てるの?」


 ティアは真っ直ぐ前を向きながら三人に問う。


「分からない。……でも、ティアが秋の季節に薬草採取に行ったときから、始まっていると思う。ダリルから、魔物が妙に多かったと聞いてたからね」


 アーロットに続いてリアムも口を開いた。


「私とアーロットで、しばらく分担しながら魔物討伐の依頼を受けていたけど…。どんどん王都まで近くなってる気がしてるの」


 ティアは立ち止まってしばらく思案した。

 あのとき、本来生息するはずのない場所でブラッディフェイスベアとでくわした。

 そのときは一匹だった。

 じゃあ今は……?


「戦闘を避けながら、魔物を観察する必要があるかもしれないわね。すぐにでも行きたいけど、私も準備がいるわ。……明日の朝、王都出口の門で落ち合いましょう」


 三人は深く頷いた。

 これは長期にわたるかもしれない、全員が感じていた。




 夕方、ハルが食事の準備をしている頃にティアが帰ってきた。


「ただいま、ハル」

「おぉ。……って、どうしたんだこの荷物?」


 ティアは複数の紙袋を床に置いた。

 食料とかではないのは、見ればすぐ分かる。


「後で話すわ。……いい匂いね?お腹空いたわ」

「もう少しでできるから、座って待っとけ」


 ハルは慌ててキッチンに戻る。

 ティアはダイニングの椅子に座り、忙しそうに手を動かすハルを見て微笑んだ。

 彼の料理を食べられる日は、次はいつになるだろうか。


 食べ終えた食器を片付けて、ティアとハルは向き直って座る。

 ティアはグラン陛下からの言葉、そのままを伝えた。


「そういうことで、私は調査に行く。いつ終わるか分からない。……あなたには留守番を頼むわね」

「……どうしても、あんたが行かなきゃダメなのか?」


 分かった、任せろと返してくる予想をしていたティアは、予想外の言葉に首を傾げた。


「当たり前でしょ?陛下からの依頼よ」

「そうじゃなくて!」


 ハルは立ち上がりながら、テーブルをバンと強く叩く。

 突然の大声に、ティアの体はビクッと跳ねた。


「あの三人で解決できるんじゃねえのか?」

「……私は知識もある。どうしてそう思うの?」

「あの三人は、自分で自分の身を守れるだろ?……あんたはどうするんだよ…」


 テーブルに叩きつけられた彼の手が、ぎゅっと握り込まれて微かに震えている。

 ティアはそれを見ながら目を細めた。


「あなた…、私をなめてるの?」

「違う!なめてるとかじゃねえけど」

「私は魔王を倒した。今は使えないけど、魔法だけが全てじゃない。……私の強さの何を知ってるの?」


 ティアの声の冷たさに、ハルは言葉を失った。

 確かに何も知らない。

 ただ、伝説の魔法使いというだけだ。

 でもその魔法は今は使えないのに。


 黙って椅子に座り直したハルを見て、反対にティアは立ち上がった。


「……何も知らないのに、余計な口を挟まないで」


 そう言い残して自室に戻っていく。


「クソ……。なんでだよ…」


 ハルの独り言だけが部屋に響いた。

ハルとティア、初めての喧嘩です。

ティアは伝説の魔法使いに恥じぬほど努力家で、プライドも高い人物です。

心配するハルの言葉も、ティアには違う意味で伝わってしまいます。


こういうすれ違い、作者の私も読者目線でハラハラドキドキしちゃいます笑

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