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ティアの素顔

 気付けば、新芽が芽吹いて春の気配を感じる季節になっていた。


 二人はエルド村に流行り病が来て以来、王都に行っていない。

 食材はずっと、村人から貰っているもので賄っている。

 ハルはそろそろ、同じような野菜のメニューばかりで正直飽き飽きしていた頃——


 ある日、ティアは朝から大変不機嫌そうだった。

 朝食中も無言で、食べ終わっても薬学書も読まずソファで呆けている。


「なぁ、どうしたんだよ?」


 ハルは紅茶を淹れ直して、彼女にカップを手渡した。


「……詰んだわ」


 隣に座ったハルは、怪訝そうな顔をしている。


「研究が……進まない」

「あぁ。新薬もダメだったもんな…」


 残念ながら、村のパン屋に頼んだ甘いパン作戦も失敗に終わった。

 紅茶を飲み無言で俯いていたティアは、急に顔を上げる。


「こうなったら、食べてやる…」

「なんだって?」

「ケーキ爆食よ…。とことん食べてやるわ!すぐに準備して王都に行くわよ!」


 ティアはいそいそと自室に戻っていった。

 ま、いいか。俺も買い物行きたかったし。

 ハルも呆れながら、準備をすることにした。




「はぁ…会いたかったわ」


 ティアは目の前に並ぶ、いくつものケーキを見てうっとりしている。

 ハルが注文したのはケーキ一つとコーヒーだけだ。


 家にあるコーヒー豆はすでに切らしている。

 帰りにたくさん買わないと。

 家のコーヒー豆の心配をしてるハルをよそに、ティアは次から次へとケーキを食べている。


「あ、追加注文しないと!」


 まだテーブルにはケーキが残っているのに店員を呼び出した。


「ほんとに、美味そうに食べるよな」

「ここのケーキ屋より、美味しいものはないわ」


 喋るティアの唇の横に、生クリームが付いている。

 取ってやろうと、一瞬手を伸ばしかけたが寸前で我に返り腕を引っ込めた。


「ここ、付いてるからな」

「ん?ありがとう」


 伸ばした手を握ったり開いたりしてみる。

 ティア様って鈍臭いところあるからな。

 なんか世話焼きたくなるときもあるのはいつものことだ。


 そのうち追加の、カップケーキやフルーツタルトも運ばれてくる。

 ハルは既にケーキを食べ終えている。

 幸せそうに食べるティアを、コーヒーを飲みながら眺めていた。




「ふー、満足だわ。これで明日からまた頑張れそう」

「そりゃ良かったな」


 本当に、この小さな体のどこにあれだけのケーキが入ってんだよ…。

 と突っ込みを入れたいが、本人は満足そうなので口に出すのは我慢しておく。


 コーヒー豆が入った紙袋を下げて、食材調達に向かう。


「…ねぇ、せっかく来たしハルは食べたいものないの?」


 ティアは立ち止まってハルを見上げた。

 王都での食事は数えるくらいしかない。

 ハルは少し考えると、一つ思い当たった。


「あれだ。酒場で食った、骨付きのステーキ。あれが食いたい」

「ふふ、そんなに美味しかったのね。いいわよ、行きましょう。…と言いたいところだけど、まだ開店には時間があるわ」


 ティアはあらぬ方を見て少し思案した。


 このまま食材を買いに行っても、大荷物を抱えたまま待つことになる。

 どうしようか。


「……そういえば、ダリルは一度来たけどずっとアーロットとリアムは来てなかったわね。忙しいって聞いたけど、一度ギルドに行ってみましょう」

「ギルド?行けば何か分かるのか?」

「まぁまぁ、行ってみたら分かるわよ。こっちよ」


 ティアは方向を変えて歩き出す。

 その背中をハルは慌てて追いかけた。




 ギルドの重い扉を開けて中に入ると、思っていたより大人数がいた。

 ハルは中を見渡した。

 鎧を着込んだ戦士も数多くいるが、魔法使いのようなローブを着た女性もいる。

 何の躊躇いもなく受付のカウンターに向かうティアを、彼らはじろじろと見ていた。


 おい、なんでラミア様が?

 引退したって聞いてたぞ。

 後ろの男、見たことないな。

 でもあれ、見てみろ。男も指輪つけてるじゃねえか。


 耳に届いてるはずなのに、ティアは見向きもしない。


「初めて来たけど、なんか…すげぇな」

「なにが?まぁ、絡まれたくなかったらついてきなさい」


 絡まれることもあるのかよ…。

 自分のほうが身長も高いはずなのに、何故か周りの威圧感でどんどん縮むような感覚がしてきた。


 カウンターに立つと、書類から顔を上げた受付嬢が驚いた顔をした。


「ラ、ラミア様!どうされましたか!?」

「久しぶりね。聞きたいんだけど、アーロット達は最近どうしてるの?」


 受付嬢は目を泳がせている。


「そ、それが…。最近、魔物討伐依頼が多くて、次々と達成していただいてるのですが…。今回は随分時間がかかってるみたいです」

「あぁ、それで…。いつもより人が多いと思ったわ」


 不安そうな顔をしていた受付嬢は、貼り付けたような笑顔を見せた。


「時間はかかってますが、きっと大丈夫ですよね?あの英雄たちですもの」

「もちろんよ、あの三人がいれば大丈夫。私も帰ってくるのを気長に待つわ。ありがとう」


 ニコッと笑うティアを見て、彼女は少し安心したような表情を見せた。

 それから掲示板のような物をしばらく眺めると、ティアはギルドを後にした。


「なんか、怖かったな」


 ギルドを出たハルはぼそっと呟いた。


「どこが怖かったの?みんな普通の人よ?」


 あ、これ俺じゃなくてティア様の感覚がおかしいんだ。

 すぐ悟ったハルは鼻でふっと笑って、ティアを追い越して歩き始めた。


「え?ちょっと、ハル!」


 追いかけてくるティアを振り返る。


「なんでもねぇよ。今から買い物したらいい時間だろ?行こうぜ」

「そうだけど…。なんか腑に落ちないわよ!?」


 やっぱり、この人の感覚についていけるのは普通の人じゃない。

 自分はまだこっち側の人間でいようと、ハルは思った。




 それから二人は店を梯子して、酒場の前にたどり着いた。

 ハルはいくつもの紙袋を下げている。

 重い。でも久しぶりに、レシピを思い浮かべながらの買い物は楽しかったな…。


「やっと着いた…。さすがに腹減った」

「だってケーキ一つしか食べないんだもの。もう少し食べておけば良かったのに」

「いや、ケーキで腹膨らませたがるのはあんたくらいだって」


 最後はハルなりの嫌味だったが、ティアにはまるで効いてない。


 ティアが酒場の扉を開けると、チリンと心地いい音が鳴る。

 見知った店員が一番奥のテーブル席に案内してくれた。


「ラミア様、ごゆっくりどうぞ」


 ここでもラミア様かよ…。

 奥の席に通すのは店員なりの気遣いだと、ハルはようやく気付いて心の中で悪態つく。


「ところで、ティア様はなに食べるんだ?」

「ハル……ここは酒場よ?大人のデザートもあるの」


 ティアはニヤッと笑って、席を立った。

 店員の元へ行き、何やら注文してるようだ。

 そしてニコニコしながら席へ戻ってくる。

 テーブルに頬杖をついて、足をブラブラさせながらとても楽しそうにしていた。


「……なに頼んできたんだ?」

「まぁまぁ、待ちましょう。見れば分かるわよ」


 ハルの眉間に皺が寄る。


 やがて、ハルの前に骨付きのステーキが運ばれた。

 そして湯気が立っている煮込まれたハンバーグも。

 ティアの前には…。


「……おい、ケーキじゃねえか」

「これはね、大人のケーキなの。バーボンが入ってるのよ」


 ティアは嬉しそうに、ケーキにフォークを突き刺す。


「ま、いいけどよ」


 ハルはステーキに齧り付いた。

 この肉肉しい味、やっぱり美味い。

 隣のハンバーグも食べてみる。


「なんだこれ!?ソースが、美味い」

「気に入った?赤ワインのソースで煮込まれてるのよ。この味が分かるなんて、ハルも意外と大人ね」

「意外ってなんだよ。俺はあんたより歳上だ」


 ティアは上機嫌にケラケラ笑う。

 楽しそうに食べながら笑っている二人を見つめる視線があった。


「あ、あの…!ラミア様ですよね?」

「……そうだけど、誰かしら?」


 後ろからティアに話しかけたのは小柄な女性だ。

 杖を持ってローブも着ている。

 その後ろには鎧を着た若い男も立っていた。


「私、ルシアって言います!あの…私も魔法使いなんですけど、ラミア様が本当に憧れで…!ここで会えて光栄です」


 ティアはフォークを置いて、彼女に向き直った。


「そう…ルシアさん。それで、何の用かしら?」


 隣のハルは、黙ってステーキを齧った。

 さっきまで、笑いながらケーキを食べていた人とは思えないくらい別人だ。


「えっと、用があるわけではないのですが…。是非魔法のコツとか、ラミア様の得意魔法とか教えてもらいたくて…!」


 ティアの顔から笑顔が一切消えた。


「ルシアさん。見て分かるわよね?私たちは食事中よ。それに、魔法は教えることなど何もないわ」


 ティアは彼女から視線を外して、テーブルに向き直る。

 悲しそうな顔をするルシアを押し退けて、後ろの若い男が前に出た。


「そんな事言わなくても!ルシアは勇気を出して声をかけたのに…」

「くどいわ。私が引退しているの、知ってるわよね?話すことは何もないわよ」


 「でも!」と食い下がる男の腕を、ルシアは引っ張った。


「ご、ごめんなさい…。そうですよね、お邪魔してすみませんでした」


 彼女は頭を下げて、自分の席に戻ろうとする。

 その後ろ姿を、ティアはちらっと横目で見た。


「強いて言うなら、あなたの得意魔法をとにかく磨きなさい」


 ルシアは目を見開いた。

「…はい!ありがとうございます!」


 小走りで戻っていく姿を、ハルは最後まで見届ける。


「さて、ケーキがぬるくなるわ」


 ティアはすぐにフォークを持ち直していた。

ニ個目のケーキを口に運び笑顔に戻るティアを見て、ハルは口を開いた。


「あのさ、もう少し優しくしてやったら?」

「なんで?」

「あの子ティア様のこと、憧れだって言ってたぜ?ショック受けてるだろ」

「だって私、あの子のこと知らないもの。仲良くする必要ないわよ」

「………………」


 そういえば、ゴードンの名前すら覚えてなかったな。

 どっちの顔がティア様の素なのか、分からない。


 ハルはティアと出会ってすぐの頃を思い出していた。

 髪の毛を切ってもらったり、ラミアじゃなくてティアと呼べと言ったり、料理失敗しても笑ってくれたり…。


「ま、いいか。どっちもティア様か」

「なにか言った?」

「なんでもない」


 ハルも再び肉に齧り付いた。


久しぶりに、興味ないものにはとことん興味がないラミア様を書きました笑

どっちの顔のティアがお好きですか?


あ、ちなみにティアはしょっちゅうケーキを食べていますが、作者は甘いもの嫌いです!照

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