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助手は強くなりたい

 翌朝、子供の高熱が少し引いた。

 ティアとハルは一度自宅に帰ることにした。


「さすがに、疲れたわ……」


 ティアはソファに座り、指を鳴らして暖炉に火種をつける。


「少しは休んどけ」 


 ハルはそう言い残して、キッチンに向かった。

 ティアは患者達の症状を記した紙を、改めて読んだ。

 カチャカチャとキッチンから音がする。

 暖炉の暖かさと、キッチンからの心地いい音で、ティアの体は自然にゆっくりと傾いていった。


「なぁ、昼飯作ったけど…」


 ハルがソファを覗き込むと、彼女は横たわって寝息を立てていた。


「そりゃそうだよな。王都まで歩いていったりさ、体力化け物並みだろ」 


 ハルは少し悪態をつきながら、毛布を持ってきてティアの体にかける。

 横髪がさらりと落ちてきて、鬱陶しそうだったから耳にかけてやった。

 ティアは少しだけ身じろぎをする。


「……あんたで良かったよ」


 ハルはその場を離れ、再び準備をするとゆっくりと扉を閉めた。




 少し寒い気がする。

 暖炉の火が消えた?今何時かしら…。

 ゆっくりと意識が浮上したティアは、がばっとソファから起き上がった。


「わたし、いつから寝てた!?」


 窓を見ると空はオレンジ色だ。

 どうしよう。早く村の蔵に向かわないと。

 頭を整理しながらリビングの扉を開けると、ハルが立っていた。


「おぅ、起きたのか。何人かは落ち着いたから家に帰したぞ」

「ハル……あなた一人で?」

「まぁな。あの子も熱が下がってきてる。さすがに俺も疲れたわ、少し休ませてくれ」


 ハルは抱えていた薪を暖炉に入れて、ソファに気怠そうに座った。

 ティアがもう一度指を鳴らして火をつける。


「あぁ、腹減ってるならスープ作ってあるからな。温め直して食べてくれ」


 確かに、キッチンに鍋がある。

 ティアはソファの後ろからハルの髪をわしわしと撫でた。


「ハル〜!あなたって人は!」

「おい!やめろって」


 子供扱いされるのも久しぶりだ。

 ティアは嬉しそうにキッチンに向かう。

 ハルはその背中を見ながら、先ほどの出来事を思い出してふっと笑った。



 ハルが子供を抱き起こして、ゆっくり薬と水を飲ませる。

 苦味で少年は軽く咳き込むが、久しぶりに声を出した。


「ねぇ…ハルお兄ちゃん。僕の母ちゃんは?」

「ん?あぁ、大丈夫だ。お前が元気になるの、待ってるぞ」 


 少年はほっと胸を撫で下ろして、ハルの手を握った。


「ラミア様は本物の勇者様だけど……僕にとっての勇者はハルお兄ちゃんだね」


 ハルは強く目を見開いた。

 なんだか胸がくすぐったい。


「なに言ってんだよ。気分は、どうだ?」

 少年は首を振る。


「じゃあ、もう少し寝とけ」


 子供を横に寝かせると、ハルは蔵を出た。

 その言葉を、頭の中で何度も反芻した。


「勇者、か……。こんな気持ちになるんだな。悪くないな」


 ハルは照れ隠しで後ろ頭を掻いた。

 このことは、あえて自分だけの秘密にしておこう。




 それから一週間もすると、村での熱源病は収束していった。

 村人達はティアとハルに、感謝してもしきれない様子だった。

 村で得た食料は今まで以上に提供すると、村長が約束までしに来たのだ。

 今まで通りでいいとティアは笑って村長を返した。

 帰っていく村長を、こっそりハルが追いかけたのもティアには秘密だ。


「お願いがある。……パン屋に甘いメニューを増やしてくれ」


 村長は「承知しました」と意地悪そうに笑い、ハルもまたニヤッと笑っていた。





 雪がチラつくある朝——

 ハルの目の前に緑色の液体が置かれる。


「さて、中止していた新薬よ。今日から一週間頑張ってね」

「なぁ……。これ、色どうにかできなかったのか?飲む前から怖えよ」

「新しい薬草を使ったもの。我慢して」

「勘弁してくれ……」


 ハルは覚悟を決めて一気に飲み込む。

 やっぱり喉が熱くなる感覚がする。


「……苦い〜」


 ハルは口をへの字に曲げてテーブルに突っ伏する。

 その肩をポンとティアが叩いた。


「頑張れ…助手よ」


 軽々しく助手とか言わなきゃ良かった。

 村のパン屋には早いとこ新メニューの開発を頑張ってもらって、ティアには研究のやる気を出してもらわないと。


 ハルはふと一つ疑問が浮かんだ。


「そういえば、あんなにずっと病人と一緒にいたのに。なんで俺らは移らなかったんだろうな」

「あぁ。栄養剤として何回か渡してたでしょ?あれ予防薬よ。言ってなかったかしら?」


 ハルはぎょっとしてティアを見た。


「聞いてねえよ!俺も感染するかもってけっこう覚悟してたんだけどな…」

「あれ、この前薬草を採りに行った途中で見つけたものよ。量産できないから、村には配れなかったけど……」

 全員を救うのは、無理なときもあるのよね……。


 ティアは少し悲しそうな顔をしていた。

 その顔を見たら、ハルもそれ以上は聞けなかった。




「ハルー!早く、ここ座って!」

「はいはい、分かってるよ」


 ティアが何故そんなにワクワクしてるのか、今日が新薬を試して一週間が経ち、採血をする日だからだ。

 結果を見るのが楽しみで仕方ない。

 ハルには聞かなくても分かった。

 ハルがティアの前に座ると、彼女は慌てた様子で注射器を取り出した。


「なぁ、落ち着けよ。血採るの失敗したら、俺だって痛いんだからな」

「ごめんごめん…。私としたことが」


 ティアは咳払いをして深呼吸すると、ゆっくりとハルの腕に針を刺した。

 ちょっと痛いけど、これも何回目か分からない。慣れたもんだ。


「ありがとう!じゃあ、あとはお願いね」


 ティアはそう言い残して、足早に研究室に向かって行った。


 こうなるとハルは暇だった。

 今の時期は、村に行って畑仕事を手伝うという最高の暇つぶしもない。

 軽く部屋を掃除して、暖かい暖炉の前で料理本を捲る。

 ティアへの労いの意味も込めて、ちょっと凝った夕飯にしようかと悩んでいると、コンコンと音が鳴った。


「ん?玄関からか…誰か来たか?」


 村人と疑わずに扉を開けると、よく知ってる顔の人物が立っていた。

 少しの間沈黙が降りる。


「……あんた一人なのか?」

「悪いか」


 いつも訪ねてくるときの軽装備とは違い、槍と短剣をしっかり携えたダリルが一人で立っていた。


「何しに来たんだ?ティア様なら、今日は研究室から夕方遅くまで出てこねぇぞ?」

「……ティアに用があるわけじゃない」


 とりあえず家に上がらせる。

 ダリルは背中の槍を壁に立てかけると、ダイニングの椅子に座った。


「……昼飯は?」

「は?まだだけど」

「腹減った。待ってるから作れ」

「……………」


 ハルはとっても嫌そうな顔をすると、無言でキッチンに立った。

 一瞬、大量にスパイスを入れてやろうか、と頭をよぎったが、食材への冒涜になると思い直して普通に作る。


 牛乳と卵で簡単に作ったクリームパスタをダリルの前に置いた。


「……肉少ないな」

「お前なぁ、はっ倒すぞ。ベーコン入ってるだろ」

「お前が…俺をはっ倒す?まぁいい、いただく」


 ダリルは手を合わせてパスタを口に運ぶ。

 はん、と鼻で笑われたハルは内心ムカついていた。

 それでも、結局美味そうに無言で食べている姿を見ていると絆されてしまう。

 ハルも向かい合ってパスタを口に入れた。


「で、何しに来たんだよ」


 ハルは食器を片付けてコーヒーを淹れる。

 ダリルは無言でコーヒーを啜ると、胸と腰回りに装備していた短剣を五本、テーブルの上に並べた。


「持ちやすいもの、一本選べ」

「はぁ!?なんで…」

「いいから早くしろ」


 選ばないと解放してくれなさそうだ。

 以前一緒に薬草を採りに行ったときに、その場しのぎで貸してもらった短剣もある。

 よく見るとそれぞれが、柄の形や刃の細さなどが違う。

 順番に持って軽く動かしてみた。


「まぁ、これだな」


 ハルが選んだのは、一番最後に置いた柄の長い短剣だ。


「まぁ、そうだろうな。お前は図体がデカい」

「それ、貶してんのかどっちだよ…」


 ダリルは残りの四本を元に戻す。

 彼は短剣を装備したベルト自体をテーブルに置いて、丸腰で玄関への扉に向かった。


「選んだそれ持って、外へ出ろ。貸すだけだからな」

「だから、なんでだよ」 


 ダリルは無言でさっさと行ってしまう。

 なに考えてるのかさっぱりわからない。

 とりあえずついて行くことにした。


 上着を着て外へ出ると、彼は手頃な木の枝を持って待っていた。


「上着なんていらん。動きにくい」

「いや、さみぃし」


 ふわふわと雪が少しだけ舞っている。

 二人は向かい合って、ダリルが木の枝を構えた。


「短剣の使い方ってもんを教えてやる。…かかってこい」

「いやいや、あんたは木の枝で、俺は本物の剣なんだぞ?」

「ふん。お前程度なら、木の枝で殺すことも簡単だ」

「…分かった。怪我しても文句言うなよ」


 ダリルが何をしに来たか、何となく分かった。

 最初から説明しろよ、という文句は後で言う。


 ハルはとりあえず構えた。

 ジリジリとダリルに近付いて、胸に向かって突き出す。

 ダリルはいとも簡単に木の枝で短剣をいなし、そのままハルの腕を叩きつけた。

 腕が痺れて手から短剣が滑り落ちる。

 眼前に木の枝が突きつけられた。


「…これでもうお前は死んでるな」

「クソ……手いってぇ…」


 ハルは痛む腕を振って、短剣を拾い立ち直した。


「まず、持ち方が違う。こうだ」

「……こうか?」

「違う。ちっ、要領悪いな」


 ダリルは舌打ちをして、木の枝で実際にやってみせる。

 二人の頭の上には、雪が薄く積もり始めていた。



 二人は家の中に入り雪で濡れた頭を拭いていると、ティアが研究室から出てきた。


「何やってるの?……あれ?ダリル来てたの。あの二人は?」

「あいつらは、依頼や討伐で忙しい」

「ふーん、まぁいいわ。ハル、お腹空いたわ」


 ティアは疲れたようにソファに座った。

 暖炉で手を温めている。


「分かったよ。今から用意する」

「ダリルも、食べて行ったら?」


 ダリルは無言で頷いて、そのままダイニングの椅子に座った。


「夕飯も食べてくのかよ……」

 

 キッチンに立ったハルは、聞こえないようにぼそっと呟いた。



「それで、一人で何しに来たの?」

「……こいつに、短剣教えてやってた」

「あら、そうなの」


 ティアはニヤニヤしながらハルとダリルを交互に見た。

 道理で頭が濡れていたわけだ。

 ハルは少し不機嫌そうに、スプーンを口に運んでいる。

 やがて食べ終えたダリルは椅子から立ち上がった。

「……帰る」

「泊まってけばいいじゃない。もう外も暗いし、寒いわよ」


 ティアの言葉に、ダリルは無言で頷いてそのまま椅子に座り直した。

 ハルはじと目でダリルを睨んだ。


「あんたさ…暇なのか?」

「暇じゃない。俺はあいつらみたいに、依頼に興味がないし金も困ってないだけだ」


 それは暇だからここに来てんだろ…。

 というぼやきは一応胸の中だけに留めておく。


 結局、数日ダリルは泊まっていった。

 毎食の世話をさせられるハルは、短剣の特訓もあって疲れ果てた。


「おい、薪くらい村で買ってこい!ただ飯食らいだぞ」

「ちっ、めんどくせぇな」


 ハルとダリルの小競り合いは、ティアにとって日常の楽しみの一つになった。


 もう少ししたら、雪の季節が終わる。

本話で第二章完結となります!

第二章はハルに焦点を当てて深掘りし、彼の成長や心境の変化などを書いていきました。


次話から第三章に入ります。

ここまで毎日更新してきましたが、第三章からは毎日更新ではなくなります。


少しお待たせすることもあるかと思いますが、これからも更新していきますので、よろしければブックマークをしてお待ちいただけると幸いです。


これからも『毒血と睡蓮』をよろしくお願いします!

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