熱源病
ティアとハルは王都に来ている。
主にハルの冬服を買うためだ。
でもハルは、料理に使うためのスパイスが欲しいらしい。
ハルが雪は積もるのか?と聞いてみたところ、降りはするけど積もりはしない。
とのことだった。
朝早い時間では、吐く息が白くなる日もある。
ソファとローテーブルの前には暖炉があるが、ハルは薪のことが心配だった。
王都で買うと持ち帰りが不便すぎるからだ。
でも幸い、村で購入できるようだった。
「この上着と……。あ、マフラーも買っておきましょう」
服屋では相変わらずティアが、金に糸目もつけずハル用の衣服を次々に選んでいた。
もう好きにしてくれ…。
ハルは何も言わずにティアに勝手に選ばせた。
下手に口出したほうがうるさいのは分かってる。
そして購入した後の、複数の紙袋はハルが持つ。
これも分かってる。
「はぁ……冬服重い…」
「仕方ないじゃない。スパイスは買ったし、後は適当に食材買って帰りましょうか。あ、紅茶の茶葉もいるわね」
ハルがため息をついても、ティアはどこ吹く風だ。
王都を歩いていると、ふと行列が目に入った。
ティアが立ち止まってその行列を凝視する。
「ティア様?……この行列、薬屋か…」
みな、だるそうにふらついたり、しゃがみ込んでいる人もいる。
「心配ね。冬だもの、風邪を引く人も増えるでしょう。……行きましょう」
「……流行らないといいんだけどな」
ハルは滅多に風邪など引いたことはない。
小さく呟いて、先を歩くティアを追いかけた。
数日後の朝——
「ハル、新薬よ。飲んでみて」
朝、またいつものように目の前に薬が置かれる。
「あぁ。……色が、ちょっと怖いな…」
グラスに入った薬は少し緑がかかっていて、ハルは怖気づく。
「この前採ってきた薬草使ったから…まだ試作段階。ごめん、もし飲んで喉が痛くなったりしたらすぐ教えて」
ハルはおずおずと薬を一口飲み込んだ。
喉がかっと熱くなるような感覚がする。
「…久しぶりに、苦い」
ケホッと咳き込む。
「今日はずっとあなたといるわ。無理に動かないで」
ハルは水をぐびっと飲んだ。
改めて、治験が少し怖いものと感じた。
ハルは大人しく料理本を読んでいた。
暖炉に火が付いていて目の前が暖かい。
ティアは薪に、魔法で火種をつけているようだった。
それも積み重なれば、彼女に悪い影響がないのだろうかと少し心配している。
ティアは言葉通り、研究室にも一度も行かず、すぐ側で薬学書を読んでいた。
「ハル、体調は?」
「今のところは大丈夫だ」
こういう時、ティア様は極端に優しいんだよな。
普段人使いが粗いだけに、この優しさはなんだか妙に感じる。
二人がのんびりしていると、突然大声が聞こえた。
「ラミア様!いらっしゃいますか!?」
村人で間違いない。
ティアは慌てて玄関に向かう。
「どうしたの?」
「少し前から…村人たちが次々倒れて…。ただの風邪ではありません。お願いいたします、様子を見てくれませんか?」
女性は今にも泣きそうな顔だ。
「分かったわ、すぐに行く。ハル、あなたは待ってて」
後ろから顔を出しているハルに念押しする。
それを聞いてバタバタとハルは部屋に戻り、また帰ってきた。
その手には上着がある。
「分かった。寒いからこれ、着ていけ」
「ありがとう。……病人のところへ案内してちょうだい」
女性は涙目で頷く。
ハルは過去を思い出して、胸に嫌な予感が重くのしかかった。
女性に案内されて、ティアは蔵の中に入った。
ござが一定の間隔で敷かれて、その上には何人もの人が横たわっている。
一人は激しく咳き込み、一人は身体を丸めたりよじったりしている。
病人特有の異臭がして、ティアは思わず腕で口元を覆った。
近くに子供が横たわっている。
子供はうわごとのようにうめいていた。
そっと額に手を当てる。
「……熱いわね」
隣の者も同様に熱い。
「……これは、間違いないわ」
蔵を出ると、案内してくれた女性が手を合わせていた。
「ラミア様…どうでしょうか……。子供は私の子なんです、どうか…」
「……落ち着いて聞いてください。これは、すぐ治るような特効薬はないわ」
女性は手で顔を覆って、ついに涙が溢れ出す。
「急に高熱が出て、咳が止まらなくなり肺炎を起こすこともあるわ…。重症化する可能性もある。私は一度戻って、解熱剤を用意します。皆さんには、不用意に近付かないように、そして必要な時は必ず口と鼻を覆うように伝えてください」
女性は泣き顔で何度も頷いた。
「私は、何をお手伝いすればよろしいでしょうか?」
「出来ることなら、彼らの体力が落ちないように…飲み込みやすい流動食を作ってください」
「はい…!ラミア様、ありがとうございます!」
女性は涙を拭くと、頭を下げて走っていった。
「予感はしていたけど、こんなに早くここまで……。嘆いてる場合じゃないわね」
あの時、自分が発熱して良かった。
対策として、必要な薬の材料は一通り揃えてある。
ティアも走り出した。
自宅に戻ったティアは、ハルに何も言わずにバタバタと研究室に篭った。
ソファに投げ捨てられた上着とマフラーを、ハルが整える。
どうだった?と気軽に聞ける雰囲気ではない。
やがてティアは研究室から出てくると、手拭いで口元を覆いしっかり後ろで縛る。
「ハル、新薬せっかく飲んでもらったけど中止よ。私は今からしばらく帰らないわ」
「薬はいいけどよ…。どうしたんだよ?」
ティアは鞄に調合したであろう薬や、飲み水など詰め込みながらハルに視線を送った。
「……熱源病よ。人から人へ感染するし、放っておけば命を落とす可能性もある」
ハルの胸が高鳴る。
ぎゅっと拳を握ると、ティアを塞ぐように立ちはだかった。
「俺も、手伝う。人手いるだろ?……こんな時くらい、俺にもついてこいって言えよ」
ティアは目を丸くした。
拳を握って俯きながら、苦しそうな顔をしている彼は見たことない。
「……分かったわ。ただし、これを絶対につけて」
ティアは手拭いを差し出す。
「分かった。何でも言ってくれ」
ハルも手拭いを口元にきつく縛りつけた。
二人は村の蔵に駆けつけた。
ティアは一人ひとり細かく症状を確認していく。
そして調合した解熱剤を飲ませる。
ハルは水を順番にゆっくり飲ませていた。
しばらくそうしていると、蔵の門が叩かれた。
ティアが開けると、数人の村人が鍋を抱え中にはくたくたに煮込まれた流動食が入っている。
それをまた、二人で手分けして病人に飲ませていく。
吐く者もいた。
身体を横にして窒息しないように吐かせて、とにかく水だけでもと飲ませる。
「ティア様、王都から応援を呼んだらダメなのか?」
ハルは少し離れたティアへ声をかける。
「ダメよ。きっと王都も多少流行している。医者も感染したら、大変なことになる。……私たちも覚悟しないと」
ハルはそうだな、と呟いて口を覆う布をキツめに巻き直した。
そしてまた、熱っぽいと言う者が現れる。
とにかく隔離するしかない。
一人も死なせない。
ティアは諦めなかった。
二人の看病は夜遅くまで続いた——
ひとまず出来ることを終えた二人は、蔵のすぐ側で焚き火を囲んでいた。
食事は村人が持ってきてくれたもので済ませている。
そして、寒さ対策で防寒着まで用意してくれた。
パチパチと火が爆ぜる音が響く。
ハルは時折振り返り、蔵を見つめた。
中から咳き込む声が聞こえてくる。
焚き火を枝で突きながら、ハルは口を開いた。
「みんな、無事に元気になるといいな…」
「そうね、私たちはできることをやったわ。今は祈るしかない」
ハルはまた重く口を閉ざす。
ハルの様子が変だと、ティアは気付いていた。
村から自宅へ帰ったときから。
「……流行り病、怖いよな」
「うん…そうね」
「あのさ、俺の両親も故郷が魔族に襲われたときに死んだと思ってるだろ?」
ティアはえっ?と驚いた様子でハルの顔を見た。
彼は焚き火を見ながら無表情を変えない。
今まで深くは聞かなかったが、ティアは内心そう思っていた。
「違うんだ。……俺が十六のとき、村に流行り病が来て、それで死んだ」
ティアは驚きを隠せないように口元を手で覆った。
熱源病…今で言うインフルエンザですね。
作者も大人になってからインフルエンザに感染したことがありますが、一人暮らしだったのでめちゃくちゃ辛くて、もう2度と罹りたくない病気の一つです。
昔は特効薬もなくて、自分の免疫力だけで治していたそうですが、想像できません…。
今年も既に流行入りしています。気をつけましょうね!




