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勇者ダリル

 翌朝ティアとハルは、いつも通りの時間に目覚めた。

 ダリルは昨夜と同じく短剣で手遊びをしている。


「おはよう。ダリルは早いわね」

「別に…。いつもこんなもんだ」


 ティアは知っている。

 いつもこうして、野営をするときは警戒を怠らないことを。

 彼女が大きく伸びをすると、ハルからその手に果物が投げられた。

 ダリルにも。


「ほら、朝飯。持ってきた」


 ハルは皮のままそれに齧り付いていた。

 ティアも小さい口で齧り付く。

 瑞々しくて、甘くて美味しい。


「……うん、今日も頑張れそう」




 時々果物を齧っているダリルが少し先を歩いて、秋に色づき始めた森林を進んでいく。

 落ち葉を踏むとサクサクと音がして小気味いい。


「……あ!ちょっと待って」


 ティアが何かを見つけて、側の木の幹にしゃがんだ。

 ハルが覗き込むと、ティアは嬉しそうに何かの葉を見せびらかしてくる。


「これ!珍しい薬草なのよ。ここら辺に生えてるのかしら…。採れるだけ採っておかないと」

「目的のやつなのか?」

「いえ、違うけど…。ちょっと待って。ハルは袋持ってて」


 ティアは道から外れて、奥の方にどんどん進んでいく。

 こうなったら満足するまでやめないだろうなぁ。

 ハルは大人しく彼女の後ろをついていくことにした。


 先を歩いていたダリルは、振り返って二人がついてきていない事に気付いた。

 ティアとハルが道から外れて奥に進んでいく。


「……仕方ねぇな」


 ダリルもその後を追った。



「ここにもある。やっぱり、来てよかったわ」


 一つの袋がどんどん薬草らしいものでいっぱいになっていく。


「おい、もういっぱいになってるぞ。道もかなり外れてるし、もういいんじゃねぇか」

「うーん……ごめん、もうちょっとだけ…」


 ずっと下を向きながら進んでいたティアとハルは、気付かなかった。

 前から迫ってきた生き物に。


 大きくガサガサと、何かが迫っている音にようやく気づいたティアが顔を上げる。


「……!ハル逃げて!」


 ティアから視線を背け、あらぬ方向を見ていたハルが振り向くと、腕を大きく振りかぶっていた魔物が目に入った。


「ティア様!」


 差し伸ばされた彼女の腕を掴んで勢いよく引っ張る。

 ティアがしゃがんでいた場所に、振りかぶられた大きな手が下ろされて落ち葉が舞った。

 二人は勢いのまま尻もちをつく。


 黒い巨体の魔物は耳を塞ぎたくなるような咆哮をあげた。

 ハルがティアを腕で抑えて前に出る。


「クソ…」


 突然ヒュン、と何かが飛んでいったような音がした。

 一声鳴いて、今にも突進してきそうな魔物の目に短剣が深々と刺さる。


「ダリル!」


 ティアが振り返ると、ダリルは槍を構えて走ってきていた。

 魔物は痛みで吠えながら、刺さった短剣を抜こうと頭を振ってもがいている。

 迫るダリルに気付いた魔物は、体を持ち上げて大きく吠えて威嚇した。


「……うるさい」


 ダリルは槍を地面に突き立て、それを支点にバネのように跳んだ。

 そして身を翻して槍を魔物の頭に突き刺す。

 脳天から口まで貫通した魔物の巨体が、ドスンと音を立てて沈み込んだ。


 一部始終を見ていたハルは驚きを隠せない。


「助かった…。あいつ、強すぎるだろ」


 ダリルは短剣と槍を魔物から抜いて、血を振り払っている。


「薬草に夢中で気付くのが遅くなったわ…。ありがとうダリル」

「まったくだ。ティアらしくない」

「ごめん……。それにしても、妙ね」


 ティアは魔物の死体を見下ろした。


「あぁ。…ブラッディフェイスベア。もっと山の奥で生息する魔物だな」

「なぜこんなところまで…」


 ハルもブラッディフェイスベアと呼ばれた、魔物の死体をまじまじと見た。

 黒の巨体は口元から胸元まで、血のように赤い毛色の配色が目立つ。


「さすがに、食べないよな?」


 ティアは驚いたような顔をして、ぷっと小さく吹き出した。


「食べたことはないけど、肉が硬くて美味しくないと思うわ。……この子は縄張り争いに負けたのかしら。先を行きましょう、ごめんね」


 ティアは来た道を戻る。

 ハルとダリルもそれにすぐ続く。

 ハルはそっと後ろの死体を振り返って、小さく呟いた。


「命がいくつあっても足りねぇな…」




 次は寄り道せずに山道へ向かう。

 途中で川を見たハルが休憩を提案し、持ってきた食材でスープをふるまった。

 フライパンを荷物から取り出したハルを見て、ティアは思わず笑った。


「そんなものまで持ってきたの!?」

「いや、獣が出たら最悪これでも武器になるんじゃねぇかって」


 これにはダリルも顔を背けて肩を震わせている。

 真面目に考えてたのに笑われたハルは、少しだけ拗ねていた。


「……なんだよ」

「せっかく持ってきたんだもの。スープも美味しくいただくわ」


 ティアが彼の機嫌をとったのも言うまでもない。




 そろそろ三人は山道に入る。

 ティアは薬学書を開いて、お目当ての薬草の姿を確認しながら進んでいた。


「きっとこの辺にあるはず……。あった、これだわ。ハクロ草よ」


 本の絵と見比べても間違いない。

 ティアは丁寧にそれを袋に入れると、山を見上げた。


「この先にもっとあるはず…。ダリル、前をお願い」

「あぁ、分かった」


 ダリルは二つ返事で短剣を引き抜いて、少し前に出る。

 武器を抜いたということは、ここからは何か出てくる可能性があるという事だな。

 ハルもティアの後ろに続き気を引き締めた。


 ダリルは草を掻き分けながらも、しゃがんで薬草を採取するティアからなるべく目を背けない。

 徐々に道が険しくなり、ハルが時折、勾配が激しい部分では背中からティアを支える。


 ダリルの耳が、微かな羽音を捉えた。

 顔を上げる。

 木々の隙間から、茶色の大きい翼が太陽を遮っている。


「よし、けっこう採れたわ。そろそろ…」

「まずいな、視界が悪い。…走れ!」


 ダリルの言葉にただならぬ違和感を覚えたティアは、躊躇いなく彼の背中を追いかけた。

 この斜面では下る方が危険なのも理解している。



 やがて少し開けた場所に出て、改めてティアも空を見上げた。


「これは…スパイラルコンドル……!」

「おいおい、何羽いるんだよ…!?」


 ハルもティアに続いて見上げた。

 十は超えている。

 広げた翼は人間ほどの身長はありそうだ。

 ダリルは舌打ちした。


「数が多い。俺だけでは捌ききれない、か…」


 ダリルの呟きにハルは、は!?と驚きながら彼を見た。

 ティアは空から目を離さない。


「大したことはない魔物だけど…。ハル、奴らから目を離さないで。来るわよ」


 何羽かの魔物が首を下げて下降準備に入る。

 翼を畳んだ、と思った瞬間、その嘴が高速で回転し始めた。


「嘘だろ、おい…!」


 一斉にスパイラルコンドルが突っ込んできた。

 ティアとハルはギリギリで回避した。

 ドォン!と派手に音を立てて、魔物の嘴が地面に突き刺さる。


 その隙を見逃さず、ダリルは舞うように身体を翻し、両刃の槍を回転させる。

 一羽、また一羽とその身体を貫いていった。

 魔物が悲鳴をあげて絶命していく。


「おい、お前」


 ハルの目の前の地面に、ダリルの短剣が突き刺さった。


「……今だけだ。使え」

「……分かった。一か八かだ…!」


 ハルはその短剣を引き抜く。

 同時に、地面に突き刺さっていたスパイラルコンドルが再び浮上する。

 ダリルは腰から別の短剣を抜き、投げて翼を撃ち抜いた。

 魔物が悲鳴をあげて落下していく。


「ハル、次来るわよ!」


 また何羽か落下態勢を構えて突っ込んできた。

 再びすんでのところで避けて、ハルは短剣を振りかぶった。


「おらあぁ!」


 短剣で翼ごと切り裂かれた魔物は、苦しそうな悲鳴をあげてもがき死んでいく。


「はぁはぁ…。ティア様は!?」

「ちょっと…!大人しくしなさい!」


 ハルが辺りを見渡すと、ティアはスパイラルコンドルの翼を掴んで地面に押さえつけていた。

 叫びながらもがいていた魔物は、首をもたげて捉えたティアに向かって回転させた嘴を近付ける。


「きゃ…!」

「あぶねー!」


 ハルは走ってティアが抑えていた魔物の身体を短剣で貫いた。


「おい、大丈夫か!」

「えぇ…ちょっとびっくりしただけよ」


 その様子をダリルは横目で見ていた。

 そしてすぐさま頭上の魔物に視線を移す。

 三人の死闘はしばらく続いた。




「はぁ…これで全部かしら?」

「危なかった…」


 ティアは手についた砂をぱんぱんと叩いて払い落とした。

 ハルはその場に座り込む。


「……………」

 ダリルは無言で槍についた血を振り払い落とし、短剣を回収していた。

 そして周囲の屍たちを眺めて、遠い目をする。


 ——あの頃のティアなら…

 一瞬で空を、炎で覆い尽くしていただろう。

 火玉となって落ちてきたその炎すらも、手を伸ばして吸収していた。

 あの頃の魔法が、少しだけ恋しい。


 無表情で目を伏せていたダリルに、ティアは気付いた。

 ゆっくり近付いて、その背中をパン!と叩く。


「いてぇな。……なんだよ」

「あなたの技、久しぶりに見たけど…やっぱり強くてカッコいいわね」


 ティアは前を向いている。

 ダリルは久しぶりに、心の底から笑った。


「……だろ?」


 あぁ、こういう人だから俺は尊敬してるんだ。




 下山した頃には太陽はすっかり傾いていた。

 途中で休憩した川の付近で、野営をすることにした。

 ティアは既に草むらの上で寝ている。

 焚き火をハルとダリルが囲んでいた。


「なぁ、あんた本当に強いんだな。見直した。そんで……助かった」


 ハルの声を聞いても、ダリルは無言で焚き火を枝で突いた。

 返事がないのはいつも通りだ。


「………悪かったな」


 ハルはダリルを見て目を見張った。

 目は合わない。


「別に。気にしてない」


 会話はそれだけで終わる。

 ハルの小指に嵌められた指輪が、焚き火の光を反射して煌めいた。

今回で、ティア以外の勇者一行の強さも少し分かってもらえたかなと思います。

ここまで読んでくれている方にはお気付きかもしれませんが、作者はダリル好きです笑

もちろん、どのキャラも大好きですけど。


もうイメージしている絵は出来ているので、いつか挿絵として公開できたらいいなと思います。

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