住み込み
小気味よくヒールの音を立てながらドンドン進んでいく彼女は、まるで勇者一行と思えないほど華奢で小さかった。
これがあの伝説の魔法使い?ちょっと殴れば吹っ飛んでいきそうじゃねぇか。
ハルは物騒なことを考えながら遅れないように着いていく。
おい…まじかよ…
看守達のざわめく声がうるさい。
「運転手さんお待たせしました。このまま戻りますので、よろしくお願いします」
塀を抜け小さくも黒光りした、やけに手入れされた魔力車の扉をティアが開ける。
「さぁ乗りなさい」
促されて、ハルは慌てて後部席に背をかがみながら乗り込んだ。
運転手が急いで魔力車から降りる。
ハルの隣にティアも乗ると静かに扉を閉めてくれた。
「かしこまりました。では、ラミア様の自宅に戻ります」
このやけに手入れされた魔力車にはどのような人物が乗っているのか、民は分かっているかのようだった。
道を塞がないように気付いた者はすぐに端に寄り、会釈したり物珍しい表情をしている。
「俺の職場とか言ってたが、あんたの自宅に戻るのか?」
「そうよ、私の研究室は自宅も兼ねてるから」
ティアは先ほどの書類を再度入念に目を通しながら、さも当然かのように答えた。
やがて王都を抜けて景色が変わり田畑が広がる。
ハルは子供のように瞳を輝かせながら、流れていく景色をずっと眺めていた。
ティアはふふと小さく笑った。
「魔力車は初めてかしら、面白い?」
子供扱いされてると感じ、ハルは別にと小さく答えて真正面に向き直した。
「それで…二十七歳で身長百八十三センチ、病歴はなしね。体格も申し分ない。窃盗と暴行で収監とあるけど、一応理由を聞くわ」
「理由なんてない。ただ飢えてただけだ。金もなかったら人から奪うしかねぇよ」
盗みを働いたことに関しては、後悔はしてない。
ティアは彼の横顔を見た。
「そう……。実はあなたの故郷は魔族に焼き払われたこと、知ってる」
「は?なんで…」
「わたし勇者一行よ?それくらい分かる。ノーリーズ村よね…。昔立ち寄ったけど悲惨な光景だったこと、覚えてるわ」
沈黙をもって答える。
「お説教するつもりじゃないけど、生きるためとはいえ、仕方ないで済ませていいことではないわ」
ハルは何も答えない。
それどころかどんどん険しい顔になっていく。
「嫌なこと聞いたわね。でもこれからは、身の振り方を考えたらいい。……ちなみに、あなたの村を滅ぼした魔族は私たちが倒しました」
腕を組みながら静かに聞いていたハルは、驚いたようにティアと初めて目を合わせた。
復讐なんて考えたこともない。
いくら鍛えたところで、なんの才もない自分では、どう足掻いても魔族の前では無駄死にだ。
分かってはいたが村が赤く染まり火が上る光景は忘れられず、塀の中でも体が衰えないようにしてきたつもりだった。
彼女の言葉で胸がスッと軽くなったような気がした。
「感謝…します」
一言これしか返せなかった。
膝の上で拳を握りしめる。
俯きながら小さく震える男を見て、それ以上ティアも何も言わなかった。
「そろそろ着くわよ」
ティアの一言にはっと顔をあげた。
田畑や民家が通り過ぎ軽い斜面を登ると、木材で作られたやや大きな家が見えた。
周りは山で囲まれている。
軒先の下にはタオルやシャツらしき物が風でなびいていて、ごく一般的な暮らしが窺えた。
運転手が車を停めティア側の扉を開ける。
颯爽と降りるティアにハルも続いて、運転手がトランクから下ろす荷物に指示するのを、横目に見ながら辺りを見渡した。
「随分田舎だな…」
この家以外何もない。
周りは木々が生い茂り、まるでこの家のためだけに山を切り拓いたのかと思うほどだ。
「なにぼーっとしてるの?入りなさい。あ、うちは靴を脱いでね。これでも綺麗好きなの」
呼びかけられ我に返るとティアは玄関で仁王立ちしていて、荷物を下ろしきった運転手は立ち去ろうとしていた。
急いでティアに駆け寄り靴を脱いで、裸足で冷たい木の床を踏む。
「新品の上履きあるから後で出してくるわね。とりあえず軽く部屋の案内するから」
廊下から続き客室や、居間から見えるキッチンや風呂場の説明をしていく。
「ここが一番大事なところ、研究室よ。基本は鍵をかけるから勝手には入れないけど、大事なものがたくさんあるから注意してね」
「…分かった」
「それから向こうが私の部屋。その向かい側が君の部屋よ」
ハルは自分の部屋と言われた扉を開けた。
ベッドや小さなテーブルにチェア、衣装ケースなど最低限の物が揃えられている。
窓から差し込む光で陽当たりのいいのが分かった。
なんの躊躇いもなく受け入れようとしたが、ふっと疑問が浮かんだ。
「え、は…?俺の部屋…?まさか、住み込み!?」
「あら、文句があるの?衣食住完備と言ったでしょ?専用の部屋もあるんだから文句は言わせないわよ」
「ちょっと待ってくれ、まさか住み込みで仕事するなんて思わねぇよ!」
青い顔をするハルに目もくれず、ティアはさっさとキッチンに戻っていった。
ハルは言葉もなく静かに自室になる扉を閉めると、仕方なく彼女の後を追った。
はぁ〜、嘘だろ…。
心の中でため息が止まらない。
ティアはエプロンを付けていた。
「お腹空いてる?有り合わせだけど作るわよ」
「いや….色々ありすぎて腹も胸もいっぱいだ」
「そう?でも正午は過ぎたし私は勝手に食べるわね。ま、そこに座りなさい」
促されてハルは、キッチンの向かいにあるダイニングチェアに座る。
ティアは冷蔵庫を開けてグラスになにか注いでいた。
それが自分の前に置かれる。
「レモン水よ。柑橘系が好きだから、いつもこういうの飲んでるの」
一口飲むと爽やかな香りで乾いてた喉が一気に潤されていく。
ティアはキッチンでカチャカチャと音を立て、そのうち肉が焼けるような匂いがしてきた。
部屋を見渡すと壁掛け時計が目に止まり、確かに針は十三時頃を指している。
時間に気付くと匂いのせいもあるのか、一気に食欲が出てきたような気がした。
「ほら、痩せ我慢したらダメよ。これから薬を飲んでいくのに、体力つけてもらわないと困るわ。食べなさい」
やがて皿が目の前に置かれて、ハンバーガーらしき物が乗っていた。
隣には付け合わせのサラダもある。
「あ、最初に言っておくけど私料理は得意じゃないからね?昨日作ったハンバーグ焦がしちゃったし…」
ポリポリとこめかみを掻くと、ティアは苦笑いした。
変な女…。
つい本音が出そうになる。
だが目の前から漂う香りによだれが出そうになった。
「…いただき、ます…」
ハルはハンバーガーを両手で持ち大口でガブリとかぶりつく。
一口食べた瞬間、時間が止まったような気がした。
「感動するほど美味しい?」
頬杖をつきながらティアは嬉しそうに首を傾けた。
長い前髪で目元はハッキリ見えないはずなのに、瞳が潤むのを見透かされた気がしてハルは慌てて腕で目元を拭った。
確かに肉は少し焦げた苦味があって、完璧な味とは言えないかもしれないけど、ここ数年のなかで一番美味いのは間違いない。
「…そんなにお腹空いてたの?」
何も言わずガツガツと頬張るハルを見て、ティアは微笑んで一口かじりついた。
ハルには想定外の住み込みの被験者という、お仕事のはじまりです。
ハンバーガーお家で作ったことありますが、あれはお店で食べるから美味いと思いました笑




