囚人レイン•ハル
魔王討伐から三年経った。
今でも人々は、私を伝説の魔法使い、ラミア様と呼び、崇めている。
魔法使いを生業とする者なら、ラミア家の名を知らない者はいない。
その孫娘である私が、魔王討伐を成し遂げたのだから、当然なのかもしれない。
けれど。
……私は、そんな大層な人間じゃない。
魔王を倒した代償に、私は魔法を失った。
この体を蝕む毒のせいで、今では魔法のひとつすら使えない。
魔王討伐を成し遂げ凱旋した私達は、国民から盛大な祝福を受けた。
けれど、私にはそれを喜ぶ余裕などなかった。
一秒でも早く、この体を蝕む毒を取り除きたかったの。
そんなこと、誰にも知られたくなかった。
ラミア家の名に恥じない魔法使いであること。それが、私の誇りだったから。
そして私は、一人の人を今から利用しようとしている。
魔王を倒したからって、私の復讐はまだ終わってないわ——
「運転手さん、窓開けていいかしら?」
「はい、どうぞ」と返答を聞いてからボタンを押して厚い窓を開けてみる。
風が一気に入ってきて長い髪がなびいた。
魔法文明はこの三年で大きく発展して、今では魔力を動力源とした車まで作られるようになった。
高級な物なので持てる人はそう多くないが、毎日王都の大通りでは魔力車が走っている。
「王都に来るのも久しぶりね…」
窓越しに石造りの建物が次々と過ぎ去っていく。
道の脇には出店もありたくさんの人が通り過ぎていった。
人通りが多いので車のスピードはそんなに速くない。
しばらくして裏通りに入り、物々しい大きな門の前に車が止まった。
「ラミア様、到着しました」
「ありがとう。ではしばらくお待ちくださいね」
門の前に立っていた青年が扉を開けて少し離れ首を垂れる。
運転手に礼を告げ地に足をつけると、カツンとヒールの音がした。
「お待ちしてました。面接室までご案内いたします」
青年が丁寧に腕を伸ばしながら奥に促すのを見て、深く頷き後に続く。
屈強な男たちと何人もすれ違った。
制服を着た者はもちろん、囚人服を着ている者も筋骨隆々としている。
この場にそぐわない華奢な女性が珍しいのか、視線が少し痛い。
「こちらです」
のんびりどうでもいい事を考えていると、とある部屋の前で青年が少し扉を開けてくれた。
「わたくしはこのまま控えていますので、何かありましたら大きな声でお声がけください」
「ありがとうございます。でも…分かってはいると思うけど、そんなに気を張らなくて大丈夫ですよ」
ニコッと青年に笑顔を返す。
青年は被っていた帽子を目深に被り直し、深々と会釈をした。
ちょっと気合い入れすぎかしら?
思い直しながら扉の向こうに続く。
ボサボサの伸び切った髪にヨレヨレの伸びた服と無精髭。
長く黒い前髪の奥には不満そうな目をした男が座っていた。
「初めまして、ラミア・ティアです。今日はよろしくお願いします」
笑みを崩さずしかし目は笑っていないティアに対して、男も表情を変えず無言で軽く頭を下げるだけだ。
「こら!お前、この方が誰だか分かってるのか!」
後ろに控えていた看守らしき者が男を叱り飛ばす。
「気にしないで、いいのよ。レイン・ハルさんね?まずは…」
「……かったんだ…」
向かいの椅子に座りながら看守に軽く手をあげ諌めて書類に目を落とすと、ぽつりと男が呟いた。
ティアがえ?と顔を上げると、男の伸び切った髪の奥の暗い瞳が強く見開かれた。
「だから、俺は知らなかったんだ!薬は一度だけだと思ってた、知らずに薬を飲んだんだ!」
語気を強めながら机をバンと叩いて立ち上がる。
激昂している男を目の前にしても、ティアはニコリと笑った。
「貴様、いい加減にしろ!」
看守が手を振りあげたが、それも彼女は手のひらの合図で諌める。
「ハルさん、落ち着いて。まずは説明しましょう。その前に薬を飲んでから体調の変化はあるかしら?」
肩で息をしながらハルは首を振り、どすんと椅子に座り直した。
「本当に?吐き気や動悸は?」
「ないって」
「具合が悪くないなら結構…本日飲んでもらった薬は極めて軽い薬なので。あなたさえ良ければ仕事を頼みたいのだけど」
一人で勝手に納得したように頷いてるティアに対して、ハルはもう一度机を叩いた。
「いや、薬を毎日飲む仕事だなんて聞いてなかったんだよ!そんな怖い仕事やりたくねぇ」
「いいの?私の調合した薬を飲んでいるだけで衣食住完備、もちろんお給金もあるわ。重労働もない、こんな好条件な仕事他になかなかないと思うけど…」
ハルは言葉を飲み込んでグッと押し黙った。
少しの間考え込み、恐る恐る口を開ける。
「この薬はなんなんだ。この薬を飲むことで俺はあんたのなんの協力になる?」
「そうね…私が誰だか知らないわけではないでしょう?」
「牢屋にいても嫌でも耳に入ってきたさ。勇者御一行の一人、ラミア・ティア様だろ」
ティアは見ていた書類を机に無造作に置き、目にかかる長い銀髪をかきあげた。
足を組み替える様がどこか妖艶だった。
「その通り。公にはしてないけど…私の体は毒に犯されてるの。内密にその解毒の手伝いをしてほしいだけよ」
「ちっ」
薬を飲むだけで、飯も金もでるのか…
ハルは天秤にかけた。
今外に出ても仕事もないし金もねぇ。
でもまた牢屋に戻るのはごめんだな。
看守に、薬を飲んだ者には釈放後の仕事を斡旋すると言われた。
深く考えずに立候補して薬を飲んでしまったのを、少し後悔してたが……。
もう後にも引けねぇし路頭にも迷いたくねぇ。
「クソ…分かった…。引き受けてやる」
看守の手が伸び男の頭をはたいた。
「引き受けるなら言葉を改めろ!敬語を使え!まったく…」
男ははたかれた頭を押さえながら、小さい声で引き受けますと呟いた。
ティアは口に手を当てクスッと笑う。
「無理して敬語を使わなくてもいいのよ?こちらこそ、よろしくね。じゃあ早速行くわよ」
「は?どこに…」
「決まってるじゃない。あなたの職場によ」
書類をトントンと叩き整えて立ちあがるティアに続き男も立ちあがった。
「あの、ラミア様。無用な心配かとは思いますが…この者をよろしくお願いいたします」
看守が深々と頭を下げる。
「勿論です。悪いようにはしません。ありがとうございました」
やっと目が笑ったティアに、看守は少し安堵しているように見えた。
「おいレイン、しっかりやれよ。絶対迷惑かけるんじゃない」
「ふん…世話になったな」
激励を送る看守に目も合わさず男はぶっきらぼうに答えた。
そのまま二人は開けた扉の向こうに消えていった。
「本当に…しっかりやれよ…。ラミア様の命は、お前にかかってるかもしれないんだからな…」
看守が呟いた声はもう男には届いていないだろう。
二人の後ろ姿の向こうからの光がやけに眩しく見えた。
初投稿です。
まだティアとハルは出会ったばかり。
ここから2人の生活が始まります。




