特訓と妙な関係?
ハルはようやく家に着いて、心底疲れたようにどすんと椅子に座った。
誰と話してもラミア様、ラミア様…そればっかりだったな。
だるい体を持ち上げてティアの自室に向かう。
「おい、帰ったぞ。開けるからな」
一呼吸置いて扉を開けると、横向きに寝ているティアの横顔が見えた。
こうして見ると、まだあどけなさが残る顔と昨日の激しく怒っていた表情とのギャップに驚く。
そっと扉を閉めようとした。
「………ハル?」
「起きてたのか…。好きなやつ、買ってきたぞ。持ってくるか?」
ティアはゆっくり体を起こすと目を擦った。
「んー…そっち行くわ」
「おぅ。急がなくていいから」
ハルはキッチンに戻ると紅茶の準備をする。
そのままだと胃に重いか…ミルク入れるか。
そうこう準備していると、ティアがゆっくり歩いてきた。
寝巻きのままは初めて見る。新鮮だ。
「ケーキは……?」
「買ってきたって。座って待っとけ」
「なにこれ?もしかして、…プリン?」
「あぁ…。行列が出来てた店のオススメ。最近できた店らしい」
ティアはそれはそれは嬉しそうに、テーブルに手をついて身を乗り出した。
「最高じゃない!ハル、よくやったわ!」
「おぉ…。ほら、紅茶。ミルクも入れたから」
「ありがとう。いただきます」
ティアはケーキとプリンを交互に食べてニコニコしている。
ハルは頬杖をついてふっと笑った。
「あんた、本当に凄い人なんだな。どこ行ってもラミア様って…」
「そうなの?わざわざ名乗ったりしてないんだけど…」
「あぁ、そうだよ。アーロットさん達にも会った。1週間後、また来るってさ」
「あら、凄い偶然ね。分かったわ」
王都を歩けば誰もが知ってる伝説の魔法使い。
今目の前にいるのはただ甘いもの好きで、少し抜けてる女にしか見えないんだけどな。
王都でもあれだけ慕われてるんだ、勇者ってやっぱすげーな。
あえて口には出さない。
すぐお調子者に戻るからだ。
ハルも一口プリンを食べる。
「甘い…でも、美味いな」
ティアはでしょ?とニコリと笑った。
次の日にはティアは「復活!」と意気揚々と研究室に篭ったのは言うまでもない。
そして、ハルが来てから約ニヶ月半は経った。
彼らがやってきた。
「え!?ハルさん、また料理の腕をあげたよね?何かあった?」
「リアム、口に物を入れて喋るんじゃない」
興奮気味のリアムをアーロットが叱る。
ティアとハルは顔を見合わせた。
「まぁね、ちょっと色々あって……」
かくかくしかじか…
「へぇ〜。グラン陛下と…。それも料理本まで貰えるなんてね。ハルさん、凄いじゃないか」
「いや、俺もよく分かってなくて…。たまたまというか」
アーロットに褒められたハルは謙遜するが、その横ではティアが何故かまた誇らしげだ。
「それでね、聞いてよ。ハルったら、緊張しすぎて朝からね」
「ティア様ー。言わなくていい事言うなら、今日こそ夕飯抜くからな」
ティアはしょぼしょぼと椅子に座り直す。
ダリルは相変わらず無言で食べ進めるだけ。
来てくれるだけでも嬉しいことだよな。
ティア様に会いにきてるだけかもしれないけど。
黙々と食べているダリルを見ていたら、ふいに目が合った。
……なんだ、今の?
すぐ視線は外され、また食べ進める。
「おもしろいわね」
ティアがニヤニヤしている。
「なにがだよ?」
「別に?なんでもないわ」
アーロットもリアムも一緒になってニコニコしていた。
一人だけ置いてけぼりになったみたいだ。
……変な人たちだな。
「ごちそうさまでした!そうそう、いつもご馳走になってばかりじゃ悪いからね……」
リアムが荷物をゴソゴソ漁る。
「じゃーん!焼菓子持ってきたよ!」
「え!これ、王都の人気店のじゃない!」
お皿を片付けていたティアが、瞳を輝かせながら駆け寄ってくる。
「ハル、後でコーヒー淹れてくれる?」
「ティアも食べていいけど、これはハルさんへのお礼だよ」
「む…アーロットの言う通りね…。あ、そういえば」
ティアがハルの腕を引っ張ってきて、彼の背中をパンと叩いた。
「リアム、ハルに稽古つけてやってくれない?」
「え、わたし!?」
「おいおい、急に言うなよ…。でも、俺からもお願いします」
リアムはおろおろしている。
「私の実力は少し見せたわ。でも適任はやっぱりリアムかアーロットだと思うの。どう?彼のためにもなるし…」
リアムとアーロットは顔を見合わせた。
まぁ、そういうことなら……。
これがハルの悲劇の幕開けだったのは、本人は知る由もない。
全員庭に出て、ハルとリアムは向き合った。
「とりあえず、基本の型教えるね?怪我させないように気をつけるから!」
「お願いします」
ハルは内心ドキドキしていた。
体格は違うけど、今のところティア様より強そうには見えないんだよな…。
なんかホワホワしてるし…。
「リアムー。手加減しないとそいつ死ぬぞー」
ダリルが今日初めて声を上げた。
「変なこと言わないで!そんなわけないじゃん!」
え?と思った瞬間、リアムにガッと両肩を掴まれた。
その瞬間悟った。あ、これダメなやつだ。
押し返そうとしたが一瞬で視界が回る。
ドンッッ!!
「…いてぇ……」
「あ、ごめん!思ったより軽くて投げすぎた…」
ティアが堪えきれないようにクスクス笑っている。
「リアム、それ言ったらハルのプライドもズタボロよ……」
プライドなんてもう気にしてる次元じゃない。
背中が痛すぎる。
でもへこたれてる場合じゃない。
ハルは先日出会した魔物のことを思い出していた。
いつもティア様に助けられてばかりだ…。
少しくらい役に立ちたい。
「もう一回、頼む」
ハルは腕に力を入れて起き上がった。
「え、大丈夫?」
「大丈夫だ。立てなくなるまでやる」
ハルは立ち上がるとまた構えた。
「分かった…!ハルさん、本気だもんね。私もちょっと本気出すね」
「え、ちょっと」
ハルの言葉を無視してリアムが懐に飛び込んでくる。
咄嗟に腕を払ったが、一瞬で視界から彼女が消える。
と思った瞬間に足を掬われた。
バランスを崩したハルの背中をリアムが軽く押す。
ドンッッ!
「……………」
痛すぎる。
ティアの笑い声が聞こえてくる。
今に見てろよ……
「ハルさん、大丈夫!?」
リアムは慌ててハルの体を抱き起こして、彼の頬をペチペチ叩いた。
意識はあるって。
ティア様の強さとレベルが違いすぎて絶望中なんだわ…。
ハルは思うだけで口にする気力はない。
「大丈夫だから…。もう少し手加減してもらえると助かる…」
「リアムの強さ、分かったかしら?」
いつの間にかティアがハルの横に佇んでいた。
見渡すとアーロットも近くで腕を組んで頷いている。
「これでも、リアムは手加減してるよ」
「まじかよ…。本気でやったら人死んでるって」
「まぁ、リアムは前衛で戦えるくらいだからね。筋肉量が違うのよ」
ティアの言葉にリアムは恥ずかしそうにモジモジしていた。
勇者一行、やっぱりとんでもねぇ。
その後も庭では砂埃が何回も舞い上がった。
相手がリアムからアーロットに代わったが、彼は投げる前で寸止めしてくれたり、リアムとの模擬戦を見せてくれたり教え方がとても上手かった。
「ここまでにしようか。さすが普段、ティアが稽古つけてるだけあるよ。教え甲斐がある」
アーロットは砂を叩いて、座り込んでいるハルに手を差し出す。
「ありがとうございました…。あぁ、疲れた……」
「ハル、砂まみれよ。着替えてらっしゃい」
おぅと短く返事をして、ハルはとぼとぼ家の中に入っていった。
「あいつ、弱すぎるだろ」
「ダリル!」
頭の後ろで腕を組んだダリルがようやく口を開いたのを、リアムが嗜める。
「事実だろ」
「……まぁ、まだ僕たちには及ばないけど、彼は見どころがあるよ。根性もある」
そう、彼は根性がある。
努力もできる人間だ。
「アーロットの言うとおりよ、ダリル。まだ稽古も始めたばかりなんだから、長い目で見ましょう」
ダリルは面白くなさそうにちぇっとそっぽを向いた。
四人は家に入り、ティアがご機嫌な様子でコーヒーを淹れる準備をする。
珍しく鼻歌まで歌ってる。
その隣でアーロットが焼き菓子を皿に並べていた。
二人が並んで他愛もない談笑をしているうちに、ハルが着替えて戻ってくる。
並んだティアとアーロットの背中を見て、ハルはふと思った。
「あ、ハル。コーヒー淹れるの代わってくれる?」
「あぁ、いいけど…。なぁ一つ思ったんだけど、あんたらってそういう関係なのか?」
ティアはえ?と固まると、持っていたカップが手から滑り落ちた。
アーロットがすんでのところでキャッチ。
「な、なんで?違うって!」
「どっちでもいいけどよ、そういえばアーロットさんの着替えもあったなって」
ティアは目を泳がせる。
「それは、前まで掃除とかまでしてもらってすぐ返すわけにはいかないでしょ?泊まるときもあるじゃない!みんなの分も着替えあるし!」
「いや、そこまで言ってねーけど…。逆にそんなに必死に否定してるほうが怪しく見えるぞ?」
「違うもん」
「ほら、それが」
リアムがゲラゲラ笑っている。
当人のアーロットは口を挟まないが、苦笑いで額を掻いていることにティアとハルは気付いていない。
「僕は何を見せられてるんだ…」
ポツリと呟いたアーロットの肩を、ダリルはポンと叩いた。
リアムは一言で言うなら、脳筋姐さんです。
過去にティアにも稽古をつけていたけど、二人の稽古は成り立っていたのか?
あと男女で、あれ?この二人もしかして…?って雰囲気なんとなくありますよね。
間違えても間違われても、ちょっと恥ずかしいやつです笑




