初めてのお使い
翌朝——
「ティア様遅いな…」
紅茶も淹れて朝食の準備も済んだが、いつもの時間になっても起きてこない。
冷蔵庫に薬はあるから問題ないとはいえ、寝坊は珍しいので念の為様子を見にいくとする。
「ティア様ー。朝飯できてるけど」
ノックするが返事がない。
もう一度呼びかけても同じ。
「おい、入るぞー…」
ゆっくりと扉を開けるとベッド上の毛布が盛り上がっている。
そこからティアの顔が覗き出した。
「んー…。ハル?今日はお休みよ…」
「いやいや、俺じゃなくてあんたが休んでんだよ」
彼女の顔が少し赤い。
ハルは額にそっと触れた。
「おい、熱あるじゃねぇか!」
「大したことないわよ…。もうちょっと寝たら行くから」
「やめとけよ。今日は寝とけ。…なんかいるもんあるか?」
「………ケーキ」
はぁ!?とハルは内心思ったが声に出すのは踏み止まる。
ケーキは王都に買いに行けば手に入るが…。
「それより、解熱剤はどこかにあるのか?」
「多分、ないわね…」
これだけ薬が揃ってそうな研究室があるのに、解熱剤はないのかよ…。
「なんでよりによって風邪薬とか置いてないんだよ」
「だって、解毒薬以外で自分が薬飲むことほとんどないもの…」
一理あるが…。
このまま熱が下がるまで放っておくのもしのびない。
「分かったよ。買ってきてやるから、今は朝飯食べれそうか?」
ティアはこくりと頷く。
ハルはキッチンに戻ると、トレーにスクランブルエッグとパンを乗せて戻ってきた。
「ほら、食べれるだけ食べとけ」
「ありがと…。ねぇ、紙とペンも取って」
ティアは開けっぱなしの窓に向かって指笛を吹く。
ティアが紙に何かを走り書きしてる間に、すぐ鴉が窓側に降り立った。
「これ…鴉の脚にくくりつけてちょうだい」
言われた通り鴉の脚にそっと紙を結ぶと、ティアはまた指笛を吹いた。
先程より音が低い。
鴉は鳴き声を上げて飛び立っていった。
「これを受け取った王宮が、魔力車をよこしてくれるから。あとは頼んだわね…」
「……おぅ。あのさ、その鴉を呼ぶ指笛。今度俺にも教えてくれよ」
ベッドに潜り込んだティアは、虚ろな目をしながら何度も頷く。
「じゃあ、準備して行ってくるから。…ちゃんと寝とけよ」
「……ハル。ありがとう」
ん、と短い返事をしてハルは扉を閉めて出ていった。
しばらく待っていると魔力車はやってきた。
一人で後ろに乗り込み扉を閉めると、いつもの運転手が驚いたように声を上げる。
「あ、あの…。ラミア様は?」
「いや、今日は体調が悪くて寝込んでるから俺1人だ。王都まで頼む」
「え!?承知しました」
運転手は慌てて発進させた。
しばらく走っていると、運転手の彼が珍しく声をかけてきた。
「失礼な話ですが、最初はあなたのこと心配しておりました」
「そうだな……。元囚人だし」
「ですが、その心配も杞憂に終わりましたね。あのラミア様が、あなたを信用してこうして私を呼んでいる。喜ばしいことです」
運転手の言っていることは大いに理解できる。
なんでこんな奴が、って思われても仕方ないよな……。
何かを答えようと思ったが、複雑な心境でなんと答えればいいか分からない。
運転手もそれ以上何かを追求することはなかった。
王都は何度来ても広くて迷いそうだ。
運転手がまずは、と薬屋の前で降ろしてくれたから一番の目的の薬は買えそうだ。
彼とは数時間後にまた待ち合わせている。
薬屋の扉を開けると、薬品の匂いが一気に鼻をついた。
ティアの家にも薬品などはたくさんあるが、ここまで濃い匂いは初めてだ。
「いらっしゃいませ」
白髪の老人がカウンター越しに立っている。
「解熱剤をくれ」
「…失礼ですが、ご本人様でいらっしゃいますか?」
なんか、疑われてるのか…?
薬屋の質問は至極真っ当なものだった。
だがハルは一人で薬など買ったことなどない。
「いや、ティア様の使いで今熱を出して寝込んでるんだ」
「な、なんだって!?あのラミア様が…すぐにご用意します!」
慌てて奥に去っていく。
「ここ、ティア様がいつも来てるのか?……まぁいいか」
少し待つと薬屋がまた慌てた様子で戻ってきた。
「お待たせしました!お代金はこちらです」
「……?なんか安くないか?」
「いやいや、ラミア様の一大事です。こちらで結構ですので、早く治してあげてください」
「分かった。ありがとう」
薬屋を出てもハルは首を傾げた。
なんであんなに慌ててたんだ?
熱出てるだけなはずなんだけどな…。
とりあえず次へ向かおう。
「いつものケーキ屋はどこだ…?」
薬を買い終えたハルは、王都をしばらく歩いていた。
記憶を頼りにケーキ屋を探すが見つからない。
「なんだ、あれ?」
ふと、人が並んでいる店が目に入る。
ショーケースには色とりどりのケーキが並んでいる。
どうやら最近新しくできた店のようだ。
「ちょっと見ていくか…」
たくさんの女性に混じってしばらく並ぶ。
いよいよ自分の順番がやってきて、ハルは店員に声をかけた。
「なぁ、オススメはどれだ?」
「当店一押しのプリンはいかがでしょうか?」
「じゃあ、それ二つくれ」
ありがとうございましたー!と店員の大きな声を背中に受け、ハルは店を出る。
少し歩いてしばらく考え込んだ。
「ケーキは買ったほうがいいよな…。やっぱりいつもの店、探すか」
大通りに出てみる。
しばらく歩いていると、知っている髪色が見えた。
金髪と赤髪が目立つ。
「アーロットさん達じゃねぇか」
彼らは防具店から出てきた。
「…あ、ハルさんじゃん!おーい!」
リアムもハルに気付いて手を振りながら駆け寄ってくる。
ハルはぺこっと軽く頭を下げた。
「あれ、一人?ティアは?」
「いや、それが…。実は昨日…」
「えー!ティアが魔法を使って、熱出して寝込んでる!?」
「おい、声がでかい!」
叫ぶリアムの口を、アーロットは手のひらで抑えた。
彼女はモゴモゴと喋っている。
ごめんと言っているようだ。
「おい、お前。その男の名前教えろ。半殺しにしてくるわ」
返事も聞かずに走ろうとするダリルの襟首を、アーロットは無言で掴んだ。
ダリルはなんでだよ!と叫びながらジタバタしている。
「その男はどうしたんだ?」
「昨日ティア様が本気で怒ってたから…。もう来ることはないと思う」
アーロットの問いに答えたハルの言葉で、ダリルは少し大人しくなった。
「そうか…。大変だったな。僕たちも今すぐにでも、ティアのお見舞いに行ってやりたいんだが、あいにくこれからすぐ討伐の依頼に向かわなければ」
「ああ、それで防具店から…。皆さんに会ったこと、ティア様に伝えとく」
「うん。また一週間後くらいに様子を見に行こうと思うから、よろしく頼んだよ」
「ハルさん〜、ティアのこと頼んだよ」
アーロットとリアムにハルは深く頷いた。
手を振って三人と別れた。
「あ、ティア様のお気に入りのケーキ屋聞けばよかったな」
まぁ、いいか。
そのうち見つかるだろ。
そのまま大通りを見渡しながら進む。
「なんだ、案外近くにあったな」
バーガンディのオシャレな赤色の外観だ。
扉を開けるとコーヒーのいい香りに、甘い香りも少し混ざって鼻腔をくすぐる。
ハルと目があった店員は、他の店員と顔を見合わせていた。
……なんだ?
カウンターに立つと店員から声をかけてきた。
「失礼ですが…。ラミア様のお付きの方でしょうか?」
ああ、以前一緒に来たから顔覚えられたんだな。
「そうだ。ケーキを買いに来た」
「あの、本日ラミア様は?」
「ちょっと熱出して寝込んでる」
「なんですって!?ラミア様が…すぐケーキお包みします!」
なんかまた慌ててんな…。
ケーキ屋なのに何故こんなに騒ぐんだ?
少し待つと、箱が入った袋に焼き菓子のような物も入っていた。
「これは?」
「こちらはサービスです!ラミア様にはいつもご贔屓いただいておりますので、よろしければお持ち帰りください」
「………分かった。ありがとう」
ハルは支払いを済ませて店から出ようとした。
扉に手をかける前に向こう側から開けられる。
一人の女性が入ってきた。
少し派手な服装だ。
「あら?…あなたこの前も見かけたわね。今日はあのお姉さんと一緒じゃないの?」
知らない女性。
ハルは無視を決め込んだ。
「前からあなたのこと、いいなって思ってたのよ。背も高いし、鍛えてるし。私と遊ばない?」
無視されていても女性の口が止まらない。
「あの子、あなたにはもったいないんじゃなくて?」
「……ティア様のこと悪く言うな」
横目で睨みつけると、女性は少しの間考えているような表情をした。
「……え!?ティア様って、あのラミア•ティア様…!?これは失礼しましたわ、おほほ…」
じゃあ早く言ってよ…と小さく呟きながら店の奥に進んで行った。
ハルはそのまま店を出る。
「なんなんだ、あの女…」
そろそろ運転手と合流するか。
ハルは自分の手のひらじっと見つめた。
そういえば、さっきなんであんなムキになって言い返したんだろう。
「はぁ〜、なんか疲れたな」
ハルは両手に荷物を抱えて、ぐったりと歩みを進めた。
ハル、初めてのお使い中に、初めてナンパされる笑
本人はナンパされてる事すら自覚なさそうですけどね。
序盤からティアは指笛を使ってますが、作者はもちろん指笛なんてできません。
口笛ですら、大人になってようやくできたくらいです。
指笛……執筆するにあたって試してるのですがどうやったら鳴るんですか?(迫真)




