嫉妬と執着
謁見から数日後——
ハルは料理の試作に忙しい。
ティアも暑さで研究室に長時間籠れないので思うように集中できず、お互い忙しい日々を送っていた。
ハルは昼食後の皿洗い、ティアは薬学書を読んでいるときだった。
来訪を告げる音が鳴った。
「ん?村の人かな?私出てくる」
「いや、いい。丁度終わったし俺が出る」
ティアをソファに引き止めると、ハルは手を拭きながら玄関に向かった。
「はい?………誰だ?」
扉を開けると、髪がボサボサの男が立っていた。
目が少し虚ろで不気味だ。
「…それはこっちの台詞だ。お前こそ誰なんだ?ラミア様を出せ!!」
土足のまま強引に押し入ろうとする男を、ハルは慌てて抑える。
「おいおい!お前、村のもんじゃないな!?急に来てそんな怪しいやつ、上がらせるかよ…!」
「離せよ、この…!ラミア様ー!俺です!」
「おい…!本当にティア様の知り合いなら呼んでくるから、まずは名乗れよ!」
しばらく押し問答を続けていると、ティアが奥から歩いてきた。
「なに〜?うるさいわね」
「あ!ラミア様!誰なんですかこの男は?俺がいるのにどうして…!」
ハルを押し退けて男が顔を出す。
ティアは眠そうに目を擦って、男の顔をじっと見た。
「あぁ、あんたね。何度来ても同じよ。とっとと帰りなさい」
ティアはしっしっと手を払った。
実は知り合いなのか?
ハルは二人を交互に見るが、男のほうが一方的なのは明らかだった。
「何故ですか!?私は何度もこうしてあなたに会いに来ているのに…!何故こんな男と!」
「しつこいわね。私があなたに興味がない、それだけよ」
男はハッとして、ハルから手を引いてゆっくり後退りした。
そのまま背を向けて出ていくと思われた。
「……それでも、俺は諦められない…。ましてや他の男と…!」
ゆっくりと不気味に伸びてくる腕。
「おい、もうやめとけ」
「うるさい!お前はどけ……!」
ダンッッ!!
「…いってぇ……。なんでこんなやつに俺が…」
ハルに投げられた男が頭を抑える。
「そりゃティア様に稽古つけてもらってるからな。それ以上近付くなよ」
腕を組み見下ろしてくるハルに怖気づいたのか、男は舌打ちしてよろけながら出ていった。
「ティア様、あいつなんなんだ?」
「宮廷の元兵士よ。名前は、ゴーレム?ゴーワン?なんだったかしら…?とにかく、勝手に私に執着して、一緒に働きたいって定期的に来るのよ」
やれやれと肩をすくめながらティアは戻っていく。
「ふーん…。モテるのも大変なんだな」
ハルもそれ以上は追求しなかった。
また来たら追い返せばいいだけだし、と軽く考えていた。
「クソ、クソっ…!王都でも一緒だったし、今も一緒にいるということは…。まさか、一緒に住んでるのか!?ありえねぇ…」
男はブツブツ呟きながら村を歩いていた。
ラミア様と二人きりで……想像してゾワっと鳥肌が立った。
しかも稽古までつけてもらってるなんて、羨ましいにも程がある。
「俺だって、役に立てるはずなのに…。どんなことでも…」
自分を見る冷たい目。
それすらも美しい。
もしご命令に背いたとしても、あの目で見下ろされたら…頬が赤らむだろう。
「とにかく、あの男が邪魔だな。どうにかしておびき出せないものか…」
ふいに子供の声が聞こえてきた。
一人は数をかぞえて、他の子供は散り散りになっていく。
「……これだ」
男はおぞましい笑みを浮かべた。
午後は二人で村に行く予定だった。
なにせ季節は夏だ。
収穫できる作物が多くて人手が欲しいらしい。
「ティア様、そろそろ行こうぜ」
「はいはい。…ハル、気合い入ってるわね」
日除けの帽子に手袋、虫対策なのか長袖まで着てる。
「当たり前だ。頑張った分だけ野菜貰えるかもしれないからな!」
「まぁ、頼もしいこと」
もはや私より村との生活に慣れてるんじゃない?
実際、ハルは一人で何回も村に降りて手伝いをやっていることを、ティアは知らない。
「まぁ、ハルさん!それにラミア様まで….。本日はよろしくお願いいたします」
村の農作業を仕切る女性が出迎える。
ん?先にハルの名前出したな…?
という違和感はとりあえず置いておく。
村人と数人がかりで各畑を回った。
トマトやナス、きゅうりなど彩りのいい野菜ばかりを目にして、ハルのテンションは最高潮。
これはどうやって調理したら美味い?とか女性に聞いているハルを見て、ティアは遠いところから少しだけ引いていた。
「料理極めようとしすぎじゃない?……いいことだけど」
もはやお母さんじゃん。
とよぎったことは絶対言わないでおこう。
日が傾く頃。
たくさんの野菜が入ったカゴをハルが背負い、ティアができる限り両手に抱えた。
一度集計するために一箇所に集めるらしい。
「すごいな、夏の野菜ってこんなに種類あるんだな」
「そうね。食べたことないの?」
「いや。故郷で見たことがある野菜もあるけど、気にした事がなかったからな」
「子供時代ってそんなものよね。……ん?なにか騒がしいわね」
集計場所である大きな一軒家に近付くと、一人の女性が慌てた様子で泣いているようだった。
既に何人もの人が集まっている。
「うちの子が、帰って来ないんです…!みんなとかくれんぼしてたって…。どれだけ探しても見つからないのよ…!」
「まあまあ落ち着いて、今男性陣が探しに回ってますから!」
村長が泣いている女性を宥めている。
「村長、どうしたのかしら?」
「あぁ、ラミア様!この母親の子が、子供たちとかくれんぼをしていたっきり行方が分からなくなってしまったようでして…」
「そうなの…。森に入った可能性はありますか?」
「それはないですわ!森には危険な獣も出ますもの、一人で絶対に入らないように厳しく言いつけてますから…」
女性は手拭いで目元を拭う。
必死に探したんだろう、目は赤く腕も足も泥だらけだ。
さすがに放って置けない。
浮遊魔法使えたら探すのも楽だけど…。
あいにく使えない。
ティアは顎に手を添えて思案していると、一人の男がおーーい!と手を振りながら駆け寄ってきた。
「うちの子が思い出したんだ!そういえば、村で見た事ない男が歩いてたって…!」
ティアとハルは顔を見合わせた。
「ティア様。もしかして…」
「えぇ。……村長」
二人は抱えていた野菜を風呂敷の上に置く。
帽子や軍手を取り、身軽になったハルは肩や腕を大きく回した。
「私に一つ心当たりがあります。絶対に探してみせますからね。…もう、泣かないで」
「おぉ、ラミア様…。さすがは頼れる御仁だ…」
頼ってくれることが、嬉しかった。
でも……。
まさか、そんな。
だとしたら原因は……。
ティアの胸の奥に嫌な予感が重くのしかかる。
でも今は悟られてはいけない。
「急ぐわよ」
「おうよ」
二人は走り出した。
万が一の事を考えて、自宅に忍ばせていた武具を取りに戻る時間もない。
しばらくしたらあっという間に暗くなってしまう。
村人は人が隠れられそうな場所はあらかた探したんだろうから、残された場所は…。
「森しかないわ」
「どうする?分かれて探すか?」
「いえ。すれ違いになっても困るし、獣も出るから。一緒に行くしかないわ」
ハルは拳を手の平で叩いて気合を入れる。
「よし、俺が先に入る」
頼んだわよ、とティアは彼の背中をそっと押した。
歪んだ愛情、怖いですよねぇ。
ゴーレム?ゴーワン?笑
ティアは興味ないものには、とことん興味がない人です。




