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宮廷の料理本

 翌朝、いつもの時間——


「あ、ハル。おはよ……ってその顔どうしたの!?」

「おぅ……。一睡もできなかったわ…」 


 テーブルに突っ伏していたハルは顔を上げたが、見事なくまができて心なしか顔色も青い。

 ティアは二人分の紅茶の準備をする。


「私も一緒に行くから大丈夫って言ったのに。ちょっとソファで横になったら?顔酷いわよ」


 ハルは言われた通り、無言のままトボトボ歩いて横になった。


 まぁ、緊張するのも無理ないか……。

 国王と直接会う機会なんて滅多にないし。


 ティアは鍋でお湯を沸かしながら、朝食も用意することにした。

 キッチンにちゃんと立つのも久しぶりだ。

 温まったお湯にタオルを浸してよくしぼる。


「ほら、熱いタオル。目に当てて」

「おぅ…。ありがとな」

「……少しは頭もスッキリするんじゃない?」

「そうだな。………てかなんか焦げ臭くねぇか?」


 あ!と声をあげてティアはキッチンに慌てて戻る。

 ガチャガチャと音がうるさい。


「ごめーん。焦がしちゃった…」


 テーブルに置かれたベーコンエッグは所々黒い。

 様子を見に来たハルは呆れながら座った。


「もういいよ…。なんか逆に緊張ほぐれたわ」


 ちょっとそれどういう意味?

 って言いたいが、ハルの元気がないのでぐっと堪える。

 ティアは軽く咳払いをした。


「もう朝の家事しなくていいから。しっかり食べて、迎えが来るまで横になってなさい」

「そうさせてもらうわ」

 

 ハルはベーコンエッグを口にする。

 苦い味は自分の心を写したようだ。




 迎えに来た魔力車の中で、ハルは小さくブツブツと独り言がうるさい。


「敬語、敬語…。失礼なこと言わない。無礼なことしない…」


 あまりにもうるさいので窓は全開にしている。

 それは王都に着いて、宮廷に入っても続いた。

 ティアはうるさいわよ。

 と言うのもずっと我慢していたが、ハルのあまりの緊張さに少し可哀想にもなってきていた。


「ね、私が選んだ服ハルにぴったりじゃない!いつもより品があっていいわよ」

「そうだな…」

「それにさ、私のこれ見て?魔法使いのローブ。見るの初めてでしょ?似合う?」

「あぁ、そうだな…」


 ダメだこりゃ。


 謁見の間まで衛兵が案内してくれている。

 もう着いてしまう。


「ハル。自分から口を開かなくていいからね。動きは私の真似して。あと、もし失礼なこと言ったとしてもすぐ首取ったりしないから!」


 最後は冗談で、ハルの背中をバシッと叩く。

 ちょっと我に返ったハルは、大きく頷いた。


「陛下。ラミア様と、その付き人のご到着です」


 重い扉が開かれる。

 ハルの心の中で、決戦の始まりだ——




 国王が、玉座に座っている。

 周りには重そうな甲冑を着た兵士もたくさんいる。

 ハルの背中に冷や汗が伝った。

 ガチガチに固まった体は、手と足が同時に出ていたかもしれない。


 部屋の真ん中まで歩いたティアは、片膝をついて首を垂れた。


「グラン陛下よ、お久しぶりです。ラミアとレイン•ハル、国王の勅命により参上しました」

 ハルも慌ててティアの横で片膝をつく。


「おぉ、ラミアよ。久しいな。よいよい、堅苦しくするでない。顔を上げよ」


 やばいやばいやばい…!本物の国王だ…

 絶対これ、失礼なこと言ったら兵士に取り囲まれるぞ……。


 ハルの心の中は忙しい。


「して、研究の進捗はどうだ?」


 顔を上げたティアはニコッと笑った。


「彼のおかげで順調ですよ。まだいい成果はご報告できないですけれど…よく働いてくれています」 


 急に砕けた口調になるティアに、ハルは横目で見ながらギョッとする。 


「それは喜ばしい限りじゃな。レインと申したか…ラミアとの暮らしはどうだ?」

「え…!いや、ティア様はその…」

「そう、緊張するでない。取って食ったりせぬ」


 ワハハと豪快にグランは笑うが、ハルはまるで笑えない。


「陛下、彼は知っての通り元囚人です。たとえ失礼な事を申してもご容赦くださいませんか?」 


 グランも何度も頷いてるのを見て、ハルは恐る恐る口を開いた。


「ティア様との生活は…覚えることもたくさんあり大変ですが…。俺が作った飯を美味いと言ってくれたり、薬を飲むことしかできない俺にもよくしてもらってます。……投獄されてから、今が1番楽しいと思ってます」


 そうかそうか、とグランは満足そうだった。


「ラミアから働いた分の給金を貰っておるのだろ?そなたが欲しいのは金か?」


 沈黙が走る。

 ハルはどんな答えが正しいのか判断できない。

 目を泳がせているハルに気付き、ティアは小さく声をかけた。


「ハル、正直に答えなさい」

「えっと…。金も大事ですが、今は料理本がほしいです」


 予想外の答えにティアは顔を引き攣らせた。

 部屋全体にまた沈黙が走る。


 やがてグランは、肩を震わせたと思ったら声をあげて笑い始めた。

 それを見たティアも堪えきれないように口を抑えて笑い始める。

 ハルだけが何故笑われてるのか理解できず、グランとティアと何度も交互に見た。


「フハハ…料理本ときたか!おい!誰か、宮廷にある料理本を持ってくるがよい!」


 そばに控えていた兵士がはっ!と力強く答えると走って行く。


「陛下、ハルはこのような素直な青年なのです。…ごめんなさい、笑いが…フフ」

「分かる、分かるぞラミアよ。なかなか面白い男ではないか。わしは安心したぞ」


 二人はひとしきり笑うと呼吸を整えるように息を吐いた。


「レインよ、そなたには期待しておる。今後もラミアのもとでよく働くがよい」

「は、はいっ…!」


 ハルが頭を下げると、奥に走っていった兵士が戻ってきた。

 彼の手にあった本を持ち、陛下が階段を降りてくる。


「有効に使うがよいぞ」 


 ハルに渡された本はとても分厚い。


「あ、ありがとうございます!頑張りますっ…!」


 ティアはほくそ笑んだ。


 ほらね、緊張する必要なかったでしょ。




 ティアとハルは宮廷を出て大通りまで歩いてきた。

 数時間後にまた魔力車の運転手と待ち合わせている。


「あーーー!五年はは寿命縮んだわ!」

「良かったじゃない。陛下も認めてくれたし、その料理本が何よりの証よ」


 パラパラと中を見てみると、様々な食材を使ったちょっと上級のレシピばかりだった。

 自分に活用できるだろうかという、少しの不安も残る。


「…だな。せっかく来たし、今日も食材買って帰ろうぜ」


 頼りになるわね。

 ハルの切り替えの早さにティアは微笑んだ。




「……ラミア様だ…!なんという偶然」

 

 建物の物陰から、二人を見つめる視線があった。

 だがティアとハルは気付いていない。


「相変わらず美しい…。それより、隣の男は誰なんだ?その位置は俺のだぞ…!」


 羨望と嫉妬の視線は、二人が魔力車に乗り込むまでずっと続いていた。

謁見回、作者も書いていて楽しかったです。

ファンタジーの王様って、楽しいことや面白い人間が大好き!というイメージがあります。


そして最後、小学生みたいな人が出てきましたが。笑


作者も子供の頃、友達の「一番」になりたい、という感情はあったかもなぁ……(遠い目)

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