お見通し
季節は夏——
ハルが家に来てから一ヶ月以上は経った。
薬のいい結果はまだ出ていないが、今のところハルに変な副作用が出ることもなく順調な治験生活は続いている。
ちなみに、新薬を飲む初日はトレーニングを控えるように言われている。
この家は森に囲まれている。
夏特有の虫の鳴き声がとにかく大きい。
その鳴き声を聞きながら、ハルは外で洗濯物を干していた。
「あちーな……。そんでうるさい」
五年も投獄されていたから、外の世界の夏は久しぶりだ。
ハルはテラスから中に入って、レモン水を飲み干した。
たくさん作っておかないと。
明日にでも村に出かけて、柑橘類余ってないから聞いてみよう。
「……あつい〜。研究室暑すぎるよ〜」
ティアがフラフラと研究室から飛び出してきた。
そういえば研究室に窓はなかったな。
「ほら、冷えたレモン水。あんまり無理して籠るなよ。熱中症になるぞ」
「ありがと〜」
ティアもグビグビと飲み干す。
長い髪が暑さで鬱陶しいのか、ティアは頭の高い位置で一本にまとめて結っている。
「……それにしても、窓開けてるとはいえ暑すぎるわね。いっそのこと、氷魔法で部屋を冷やしちゃおうかしら?」
「おい、それはダメだろ!やめとけ!」
「……冗談よ」
ティアはじとっとハルをねめつけた。
最近、どうもハルの様子がおかしいのよね…。
妙に世話焼きというか、昨日も体調はどうなんだって聞かれたし……。
「ねぇ、ハル」
「なんだ?」
ハルはおかわりのレモン水を注いでティアに向き直った。
「あなた、何か私に隠し事してない?」
「……………別に?」
絶対何か隠してるときの間があるわね。
全く、下手くそなんだから。
私に隠し事なんて、早いのよ。
…ちょっとお仕置きしてみようかしら。
物騒なことを考えてるティアにハルは気付かない。
「あら、そう?そういえば、いつものトレーニング今日はしないの?」
時刻は十時を差している。
「あぁ、今からやる。暑くてやる気が湧かないけどな」
「私も今日は研究に集中出来そうにないし、ちょっと見てあげようか?」
「は?なんで……」
「いいから、来なさい」
ティアはハルの腕を引っ張った。
テラスからではなく、玄関でちゃんとした靴に履き替えさせて庭に出る。
「ただトレーニングしててもダメよ。少し実戦といきましょ。かかって来なさい」
「いやいや!なに言ってんだよ」
「いいから、それとも私に負けるのが怖いの?」
くそ、俺だって。
俺だって牢屋にいる時から鍛えてたつもりだし、この体格差だぞ?
やれるはずだ。
ハルはティアの挑発に簡単に乗ってしまった。
「本気ではいかないけど、痣ができても文句言うなよ」
ティアはニヤッと笑って構えた。
ハルは間合いを詰めて、拳を打った。
当たらないように、牽制したつもりだった。
次の瞬間、視界がぐるっと回る。
ドンッッ!!
「……は?」
「あら、綺麗に回転したわねー」
気がつけば背中から地面に叩きつけられていた。
なんだ今の?
地面からティアを見上げる。
「……今なにした?なんで俺が倒れてる?」
ティアはクスクスと笑っている。
「もう一回やってあげようか?」
「…………」
ハルは無言のまま立ち上がって砂を払い構えた。
さっきとは反対の腕を使って…
ドンッッ!!
「………………」
違う投げられ方したのは分かるけど、なんで俺が一瞬で倒れてんだよ…。
ティアはゲラゲラ笑っている。
「まだまだね。一つ聞くわ。あの日、看守が窃盗事件の報告書を持ってきたとき、あなた読んだでしょ?」
「え…なんでそれを……」
「あれからすぐトレーニングなんて始めるんだもん、バレバレよ!」
ティアは堪えきれないように、大笑いが止まらない。
ハルは地面から体を起こすとティアを睨んだ。
「……最初から知ってたのか?」
「ええ、すごく分かりやすいもの」
「……ちっ。俺が恥ずかしいじゃねえかよ」
ほらってティアから手を差し出されてそれを掴む。
ハルは立ち上がって砂まみれの服を叩いた。
「……魔法も使えるし、普通の組み手もいけるし。あんた最強すぎるんだよ」
「違うわよ?私だって、昔は魔法がなければ何もできなかったわ」
ティアも彼の背中についた砂を払う。
「じゃあなんでこんなに強いんだよ」
「二年ほど前から、リアムに手ほどきを受けてるのよ。彼女、ああ見えて前衛で戦えるくらい強いんだから」
先日の、うっかり口を滑らせてティアに怒られるって頭を抱えていたリアムを思い出した。
前衛で戦ってる彼女を想像できない。
「…正直あんまりそうは見えなかったな」
「じゃあ、次来たときに訓練してもらったら?私よりリアムかアーロットの方が適任だし」
「……ダリルさんは?」
ティアはまたニヤリと笑った。
「負けはしないわね」
それはなんとなく想像できる。
それから数日経ったある日の夕方。
ハルは洗濯物を取り込んでいた。
「毎日暑くてたまったもんじゃねぇな。サッパリしたもん食いたいよなー」
それらしい料理が載ってる本、王都で探してみるか。
独り言を呟いていると、空を旋回している鴉に気付いた。
その鴉はクルクルと何度も回ると、家の向かい側に降りていく。
特にそれ以上気に留めることもなく作業を続けていると、ティアの叫び声が聞こえた。
「えーー!!ハル!ちょっと、こっち来なさい!」
ただならぬ声にハルは中断してテラスから室内に入る。
「なんだよ、そんな大声出して」
「これ!読んで!今すぐ!」
なになに……
『ラミアよ、息災か。お主が研究のためにとある男を雇ったと聞いておる。それも元囚人とな。儂も相まみえたい。明日、待っておるぞ。
——グラン』
ハルは手紙を持ちながらブルブル震えた。
「なぁ…これって……。もしかして…」
「王都グランの、陛下からの伝書よ…」
ハルは立ちくらみを覚えてその場に崩れ落ちた。
格闘技で一番痛いのは投げ技だと思ってます笑
ちなみにハルは、暴力沙汰で捕まってましたが、喧嘩自体はそんなにしたことがないのでほぼ未経験です。
今後、彼も活躍できますように…。




