第1話 脳裏によぎる消えない違和感
「待って一っ!! ……っ、はあ、はあ、夢か」
うるさいくらいになっている心臓、シーツは汗でぐっしょり濡れていて、少しだけ視界が滲んでいる。
ゴシゴシと目をこする。
........最悪すぎる目覚め。
「今の夢、なんだったんだろう?」
なんか、やけに現実味あったよなあ。
魔王の声も誰かの泣き声もまだ耳に残っている気がする。
んーっ、と大きく背伸びをしたあと、近くにあった目覚まし時計に目をやる。
「えっとお、今は7時20分かぁ…………」
・・・
……って、え?
「ちょ、ヤバイ! 遅刻しちゃう!!」
私はベッドから飛び起きて、パジャマをポイッと投げ捨てる。
リボンを整えて、鏡の前で髪を結ぶ。
昨日のうちに準備しておいてよかったあ。
「うん。今日もバッチリ!」
鏡の中の自分にニッコリ笑ってから部屋を出た。
階段を降りてリビングに行くと、お母さんもアタフタと準備をしていた。
「おはよう、穂乃花! お弁当キッチンに置いておくから忘れずに持っていくのよ!」
早口で言って「いってきまーす!」と風のように出て行った。
ボカンと口を開けつつ見送ると、いつの間にか妹の綾がリビングにいた。
「お姉ちゃん、朝からドタンバタンうるさいよお」
私はダイニングテーブルに置いてある食パンを頬張る。
「ごめん、綾。まひゃ寝坊ひはっては(また寝坊しちゃってさ)」
「またー?」
と呆れ顔のままテレビをつけた。
最近ニュース見てなかったけどたくさんのことが起こってるんだなぁと思っていたら、一つだけ目に留まるものがあった。
『続いてのニュースです。各地で相次ぐ【人間狂暴化事件】今週だけで通報が100件を超えており、察は詳しい原因を一ー』
「怖いねえ、お姉ちゃん」
「そうだねぇ......綾も帰り道気をつけなね」
テレビの不穏な出来事にふいに何かが脳内に流れ込んできた。
一一次々に敵の闇に呑み込まれていく仲間達…………何、これ。ハッと我に返る。
綾はスイーツ特集で、これおいしそー、なんてはしゃいでる。
「.....って、もうこんな時間なの!?
綾、戸締りよろしくね! いってきまーす!!」
さっき脳裏に浮かんだ怖い映像を考えないようにしてドアを開けた。
ポカポカで春って感じ。授業中、寝ないように気をつけないといけない季節でもあるけど。
近くの公園を左に曲がって大通りに出た。すぐ右のコンビニでストレート髪の可愛い女の子が待ちびれた顔をして待っていた。
「遅い、穂乃花。5分21秒の遅刻」
私の親友の望は手元のストップウォッチを止めて、手帳に記録した。
「ごっめーんっ! 寝坊しちゃってさー」
いつもの私の言い訳に「また一?」と望は眉をひそめた。
「5分以上の遅れが今月に入って4回目。まだ2週間しか経ってないのに」
はあとため息をつきながら、手帳をパタンと閉じメガネをかけ直す望。
「ごめん、次からは気をつけるからっ!」
パンっと顔の目の前で手を合わせる。
「まぁ、穂乃花は私の家より遠いから分からなくもないけど………… んー、じゃあ、今週5分以上の遅れが2回出たら置いてくっていうのはどう?」
「に、2回かぁ……」
私からしたら少ないんだけどなぁ……
「これでも譲歩してるほうだよ。分かった?」
ぐいっと望が近づいてくるから、その圧にやられて思わず、
「分かった、分かったから!」
って返事しちゃった。んもう、何やってんのよっ!
「ほら行こう。遅刻しちゃう」
と言って少し早歩きしたから、
「望、待ってー!」
私は慌てて望の後をついていった。
しばらくして、スクランブル交差点に来た。
すると、望が何かを思い出したように私に訊いた。
「穂乃花、最近話題になってる「B・G』って知ってる?」
ドキッと心臓が大きく跳ねる。
どこかで聞いたことがある。
しかも、思い出したくもないような場所で。
でも、思い出そうとすればするほど余計に脳の奥に入っていく。
「『B・G』? 何それ、流行ってるファッションコーデの名前かなにか?」
「違うよお、えっと、」
すると、大型ビジョンのニュースが切り替わった。
(ーー一一謎の犯罪組織『B・G』の犯行によるものと
見て捜査を一一)
「あ、朝見たニュースだ」
「そう、それ。ネットだとね、被害者はみんな”白い液体”を飲んで狂暴化したって噂だよ。しかも、その液体が入ったケース……道端に落ちてて、勝手に動くらしいの」
「ほぇ? 動く? ケースが?」
私は思わず変な声を出してしまった。
そうなるのも無理ないよねー、と望は笑った。
「でも、大丈夫だよ。私たちの生活には関係ないだろうから」
ふんふふん、と望は好きなアイドルグループの歌を歌い出した。
「関係ないだろうから」望のあの言葉が何かを乗せて脳裏をよぎる。
意味ありげに言ったわけじゃないと思うのに、なぜかその言葉は冷たい棘になって心に深く突き刺さったまま抜けない。
望の後を追おうとしたら視界の端で道端に落ちているシャー芯のケースがピクリ、と動いた気がして私は慌てて目を逸らした。




