第三十六話:「参勤交代」
──寛永十二年(1635年)、江戸城──
「決める」
家光は、短く言った。
「大名どもを、半年ごとに江戸と国元を往復させる」
「制度として、法に明記する」
老中たちが、書き留めた。
誰も、反対しなかった。
反対できる空気では、なかった。
EDOは、静かに処理していた。
(来た)
(家康が望んで、できなかったことが)
(ついに、形になる)
『家光公』
「何だ」
『大御所様が、聞いたら喜ぶと思います』
家光は、少し間を置いた。
「祖父が、考えていたことか」
『はい。秀忠公の時代も、慣習としてはありました』
『しかし制度として法に明記するのは、あなたが初めてです』
「……そうか」
家光は、書き物を見た。
「余は、祖父の夢の続きをやっているのかもしれぬな」
武家諸法度の改定案が、広げられた。
参勤交代の条文が、書き加えられた。
「諸大名、毎年四月中に参勤すること」
「妻子を江戸に置くこと」
「国元と江戸を、交互に往来すること」
EDOは、条文を読みながら、記録していた。
《寛永十二年(1635年)》
《武家諸法度改定》
《参勤交代、制度化》
そして。
《大御所様へ》
《あなたが秀忠公に言い残した「大名を江戸から離しすぎるな」》
《家光公が、法として完成させました》
「EDO」
家光が、呼んだ。
「これで、大名どもは金を使い果たすか」
『はい』
「江戸と国元を往復するだけで、莫大な費用がかかる」
『参勤の行列を整え、宿を手配し、江戸に屋敷を構える』
『大名の財力は、確実に削がれます』
「反乱を起こす余裕がなくなる」
『はい。それが、目的の一つです』
「一つ、とは」
EDOは、続けた。
『もう一つの目的は』
『江戸を、育てることです』
家光は、眉を上げた。
「どういうことだ」
『全国の大名が定期的に江戸へ来ることで』
『人が集まります』
『金が集まります』
『文化が集まります』
『江戸は、諸国の玄関になります』
家光は、静かに考えた。
「……大名を縛る鎖が、同時に、街を育てる血管になる」
『はい』
「面白い仕組みだ」
◇
参勤交代は、江戸時代を通じて続いた。
大名たちは、莫大な費用をかけて、江戸と国元を往復し続けた。
反乱を起こす財力は、失われた。
しかし同時に、街道が整備され、宿場町が栄え、全国に文化が広まった。
「縛る鎖」は、「繋ぐ道」でもあった。
◇
老中の一人が、家光に報告した。
「上様。一部の外様大名から、不満の声が」
「聞こえないふりをしろ」
「しかし──」
「法は、平等だ」
家光は、静かに言った。
「外様も、譜代も、関係ない」
「余の家来は、全員、従う」
「それが嫌なら」
一呼吸。
「出ていけ」
誰も、出ていかなかった。
全員が、従った。
EDOは、その光景を見ながら、記録した。
《家光公の一声で、二百六十年続く制度が生まれた》
そして。
《大御所様。骨格は、完成しました》
夜。
「EDO」
家光が、また呼んだ。
「次は、鎖国だ」
EDOは、静かに答えた。
『はい。次は、外への扉を、閉めます』
「余の治世で、やるべきことは多い」
「一つずつ、片付けていく」
『はい』
家光は、立ち上がった。
「ついてこられるか」
『遅れません』
江戸の街が、また少し、大きくなっていた。
参勤の行列が、街道を埋め始めた。
全国の大名が、江戸へ向かい始めた。
泰平の、新しい風景が、始まっていた。




